第百五十話 一瞬の綻び
壁に浮かんだ魔法陣から、幾つもの魔力弾が放たれた。
ゼラスが床を蹴る。
レイスウィザードが黒い弧を描き、正面から迫った魔力弾をまとめて斬り裂いた。
弾かれた魔力が、石室の左右へ炸裂する。
リズナは風を纏い、ゼラスとは反対側からヴェルグへ迫った。
ヴェルグが杖を振る。
床から透明な障壁がせり上がり、リズナの剣を受け止める。
「迷いのない攻撃です。実に分かりやすい」
「悪かったわね!」
リズナが刃へ纏わせた風を爆発させた。
透明な障壁へ亀裂が走る。
そこへミテイの灰色の魔力が入り込み、術式の一部を書き換えた。
『中央』
障壁の中心に穴が開く。
リズナの剣が、そこを貫いた。
だが、ヴェルグの姿はすでに消えていた。
「後ろ!」
リュミエラの声が響く。
ゼラスは振り返らず、レイスウィザードを背後へ振り抜いた。
短い転移で現れたヴェルグの杖と、黒い刀身が激突する。
「反応は悪くありませんね」
「上から言うな」
ゼラスが魔剣を押し込む。
ヴェルグの足が床を滑った。
それでもヴェルグは片手を床へ向ける。
細い光が石床へ突き刺さり、ゼラスの周囲から石の柱がせり上がった。
「ゼラス!」
リズナが風の刃を放つ。
柱が途中から切断され、崩れ落ちる。
ゼラスは瓦礫の隙間を抜け、再びヴェルグへ踏み込んだ。
だが、ヴェルグは正面から受けない。
短い転移を繰り返し、石室に仕込まれた術式を次々と起動していく。
壁。
天井。
床。
あらゆる方向から魔力弾と石の槍が放たれた。
『右、三つ。上に二つ』
ミテイが告げる。
ゼラスは右側から迫る魔力弾を斬り払った。
頭上の石槍を、リズナが風で逸らす。
その間に、リュミエラが石室の出口へ冷気を流した。
階段と周囲の壁が青白く凍結していく。
「逃げ道は塞いだわ」
ヴェルグが僅かに目を細める。
「さすがでございます、リュミエラ様」
「その余裕が、いつまで続くかしら」
「御心配には及びません」
ヴェルグの姿が消えた。
次に現れたのは、リュミエラの背後だった。
「リュミエラさん!」
リズナが叫ぶ。
だが、リュミエラはすでに振り返っている。
指先から放たれた青白い氷の槍が、ヴェルグの胸元へ伸びた。
ヴェルグは杖を差し込み、僅かに軌道を逸らす。
氷の槍が外套を裂き、背後の壁へ突き刺さった。
そこへゼラスが踏み込む。
横薙ぎに振るわれたレイスウィザードを、ヴェルグは杖で受けた。
衝撃に耐えきれず、その身体が大きく後退する。
リュミエラが床へ手を向けた。
ヴェルグの足元から氷が伸び、両足を石床へ縫い止める。
「捕まえたわ」
リズナが横から間合いへ入り、剣を振り上げた。
その瞬間。
リュミエラの表情が歪んだ。
「っ……」
胃の奥から、突然強い吐き気が込み上げる。
リュミエラは口元を押さえ、身体を折った。
指先から流れていた魔力が乱れる。
ヴェルグの両足を拘束していた氷に亀裂が走った。
「リュミエラさん?」
リズナの動きが僅かに止まる。
ヴェルグは、その一瞬を見逃さなかった。
氷を砕き、杖の先をリュミエラへ向ける。
黒い魔力が一直線に放たれた。
リュミエラが片手を上げた。
「今さら、その程度で――」
障壁を展開しようとする。
だが、指先へ集まった魔力が再び乱れた。
青白い光が形を作る前に消える。
ゼラスが二人の間へ飛び込んだ。
レイスウィザードで黒い魔力を受け止める。
刀身の赤い宝玉が強く光った。
だが、体勢が整う前に受けた一撃を、完全には逸らせない。
黒い衝撃がゼラスの脇腹を掠めた。
小さな身体が宙を舞い、石壁へ叩きつけられる。
壁が砕け、瓦礫が床へ降り注いだ。
「ゼラス!」
リズナは風の壁を展開し、ヴェルグの追撃を遮る。
ミテイの灰色の魔力が床を走り、ヴェルグの足元に残る術式を押さえ込んだ。
『動かないで』
ヴェルグはそれ以上踏み込まず、杖を構えたままゼラスを見つめる。
リュミエラは壁へ片手をつき、口元を押さえていた。
顔色は青ざめている。
「ごめんなさい……急に、気分が……」
瓦礫の中で、石が動いた。
ゼラスがゆっくりと立ち上がる。
脇腹の衣服が裂け、その下には黒く焼けた傷が走っていた。
リズナが駆け寄ろうとする。
だが、ゼラスは片手を上げて制した。
その視線は、ヴェルグだけへ向けられている。
「今、誰を狙った」




