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第百四十九話 残された風



ゼラスを先頭に、一行は地下へ続く階段を下りた。


石段の表面には、長い年月をかけて積もった埃が残っている。


だが、途中から明らかに量が減っていた。


ミテイが足元へ灰色の魔力を流す。


『誰かが通ってる』


「いつ?」


リズナが尋ねた。


『数日以内』


ゼラスは足を止めずに周囲へ視線を巡らせる。


「人数は?」


『たぶん一人。足跡は消してるけど、魔力が残ってる』


階段の先には、小さな石室があった。


部屋の中央には、壊れた転移術式が刻まれている。


外側の線は砕け、幾つもの文字が削り取られていた。


それでも中心部分には、微かな光が残っている。


リュミエラが石室へ足を踏み入れた。


「この部屋は、私が来た時には存在しなかったわ」


「ヴェルグが作ったのか?」


「可能性は高いわね」


ミテイが転移術式の前へ膝をつく。


灰色の魔力を流し込み、残された線を一つずつ確認していった。


『研究区画に残ってた術式と繋がった』


「ここが最初の転移先で間違いないのね」


リズナが尋ねる。


『うん』


ミテイは術式の中心から、細い光を引き出した。


そこには、風の魔力が濃く残っている。


『ここから、もう一度転移してる』


「行き先は分かる?」


『壊されてる。でも、少しなら戻せる』


灰色の魔力が、途切れた線を補っていく。


削られた文字。


砕かれた座標。


消えかけた魔力の流れ。


ミテイはしばらく無言で調べ続けた。


やがて、転移術式の端へ指を触れる。


『ここだけ、最近動かされてる』


「誰かが転移したの?」


『してない。起動する前に止めてる』


ゼラスが石室の奥を見回す。


「状態を確認しに来ただけか」


『たぶん』


リュミエラが壁に残された古い線へ触れた。


「祖先帰還路が使えるか、確かめに来たのかもしれないわね」


「だが、あの経路はもう封鎖した」


「ええ。以前と同じ方法では、アスタリアへ渡れないはずよ」


その時。


石室へ、ゆっくりと足音が響いた。


一歩。


また一歩。


階段の上から、誰かが下りてくる。


ゼラスが収納魔法から鋼剣を取り出した。


リズナも腰の剣を抜き、リュミエラの前へ立つ。


やがて、階段の途中に黒い人影が現れた。


全身を長い外套で覆い、右手には細身の杖を持っている。


記録に残されていたヴェルグとは、顔も体格も違っていた。


短い金髪。


青白い肌。


整った顔立ちには、穏やかな笑みが浮かんでいる。


男は階段の途中で足を止めた。


「千年前の痕跡をここまで辿られるとは。随分と熱心でいらっしゃる」


低く落ち着いた声が、石室へ響いた。


リュミエラの表情が変わる。


「その話し方……」


男は杖を胸元へ寄せ、丁寧に頭を下げた。


「ご無沙汰しております、リュミエラ様」


「ヴェルグ」


リュミエラが、その名を呼んだ。


男の笑みが僅かに深くなる。


「覚えていてくださったとは光栄です」


「本当に、あなたなのね」


「ええ。もっとも、この姿では初めましてと申し上げるべきかもしれませんが」


リズナは男の魔力を探る。


表面から感じる魔力は、記録に残っていたヴェルグのものとは異なっている。


だが、ミテイは男を見つめたまま頷いた。


『内側は同じ』


「優れた眼をお持ちですね」


ヴェルグはミテイへ視線を向けた。


「外側だけで満足していた皇国の検査官たちとは、随分と違う」


「どうしてエルシアを西方天測所へ閉じ込めたの?」


リズナは剣を向けた。


「どうして、あたしをアスタリアへ送ったの?」


「経路の成立を確かめるためですよ」


ヴェルグは悪びれる様子もなく答える。


「エルシアによって、一度目の転移は成立した。そしてリズナ=ルフェリア。あなたによって、止まっていた経路は再び動き始めた」


「あたしたちを、ただの確認に使ったの?」


「必要な手順でございました」


ゼラスの目が鋭くなる。


「レイスウィザードの研究のために、アスタリアへの経路を確保したのか?」


「ええ」


ヴェルグは静かに頷いた。


「完成品は、今も私の研究に必要です。アスタリアには、あれをさらに先へ進めるための条件が揃っておりました」


「そのためなら、誰が巻き込まれても構わないってことか」


「成果の前では、個人の都合など些末なものです」


ヴェルグの視線が、ゼラスの持つ鋼剣へ落ちる。


「その剣で、私と戦われるおつもりですか?」


「お前の実力が分からなかったからな」


ゼラスは鋼剣を収納魔法へ戻した。


代わりに取り出したのは、魔剣レイスウィザードだった。


緩やかに反った黒い刀身。


滑らかな刃とは対照的に、峰側には波打つような鋭い起伏が連なっている。


中央付近に埋め込まれた赤い宝玉が、流れ込む魔力に反応して光った。


ヴェルグの視線が、その刀身へ吸い寄せられる。


「やはり、それをあなたが使っておいででしたか」


リュミエラの声が低くなる。


「私の研究成果を盗んでおいて、よくそんなことが言えるわね」


「研究成果?」


ヴェルグは穏やかな笑みを崩さなかった。


「リュミエラ様は、あの剣を御自身の装具を完成させるための途中経過として扱われた。私は、その先にある価値を理解しただけでございます」


「そのために、何人利用したの?」


「大きな成果には、相応の犠牲が必要です」


「相変わらずね」


リュミエラの周囲へ冷気が集まり始めた。


「自分だけが正しいと信じている」


「信じているのではございません」


ヴェルグは杖を僅かに持ち上げた。


「理解しているのです」


石室の壁に残されていた術式が、一斉に光った。

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