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第百四十二話 回収執行体



白い巨体の腕が振り下ろされた。


ゼラスとリュミエラは、同時に左右へ分かれる。


石床を砕く寸前、ゼラスの魔剣が横から腕を受け止めた。


衝撃が広間を揺らす。


「重くなったな」


「残った一本から、魔力を集めてるみたいね」


リュミエラが巨体の背後へ回り、青白い光を放つ。


冷気が肩の関節へ入り込み、三本の腕をまとめて凍らせた。


ゼラスはその隙を逃さない。


「フレイムランス」


至近距離から放たれた炎の槍が、凍った関節を貫く。


三本の腕が根元から砕け落ちた。


だが、床へ落ちる前に白い外殻が崩れ、光の粒へ変わる。


粒子は巨体の胴体へ戻り、新しい腕を作り始めた。


「再生が早いわね」


「切った分まで戻してるな」


『仮設回収口が残っている限り、構成情報を繰り返し受信する』


ミテイは皇核へ絡む白い線を、灰色の魔力で少しずつ剥がしていた。


魔皇も皇核へ手を置き、その下にある地脈制御線を固定している。


『陛下、もう少しだけ維持をお願いします』


「分かった。こちらは気にせず続けろ」


『はい』


白い巨体の顔を走る赤い線が、ミテイへ向いた。


背中が開き、細い光線が無数に放たれる。


リュミエラが両手を広げた。


「通さないわ」


幾重もの障壁が光線を受け止める。


一枚。


二枚。


三枚。


白い光が障壁を削り、少しずつミテイへ近づいていく。


ゼラスが巨体の正面へ踏み込んだ。


「こっちを見ろ」


魔剣を振り上げ、胸部へ叩き込む。


白い外殻が大きく陥没した。


巨体の赤い線がゼラスへ移る。


六本の腕が左右から迫った。


ゼラスの身体を赤い魔力が覆う。


「フルドライブ」


魔力が弾けた。


少年の身体が床を踏み抜き、真正面から巨体へ突っ込む。


一本目を魔剣で斬り上げる。


二本目を左手で掴み、そのまま三本目へ叩きつけた。


残る腕が背後から迫る。


だが、その前に風が走った。


リズナの剣が二本の関節を同時に斬り裂く。


「一人で全部相手しないでよ」


「任せられると思ったから、後ろを見なかった」


「そういうことを戦いながら言うのね」


「今なら聞こえるだろ」


リズナは僅かに頬を緩め、すぐに巨体へ向き直った。


「ええ。ちゃんと聞こえたわ」


白い巨体の胸が開く。


赤い光が二人をまとめて捉えた。


ゼラスはリズナの腰へ腕を回し、床を蹴る。


二人の背後を光線が通り抜けた。


着地すると同時に、リズナがゼラスの腕から抜ける。


「今度は自分で避けられたって言わないのか?」


「言ってほしいの?」


「いや。素直に任せてくれた方が楽だ」


「じゃあ、そうするわ」


ゼラスが一瞬だけ目を見開く。


リズナはすでに走り出していた。


「ぼんやりしない!」


「お前まで素直になったと思っただけだ」


「あとにして!」


二人は白い巨体の左右へ分かれた。




巨体は再び構造を変えた。


腕が胴体へ沈み、代わりに背中から四枚の板状装甲が広がる。


そこから放たれた白い波が、広間全体を覆った。


ゼラスの炎が揺らぐ。


リュミエラの冷気も薄くなる。


リズナの周囲から風が消えた。


『周囲の魔力術式を抑制している』


ミテイが告げる。


『完全には消せない。ただし、外へ出した魔力は崩される』


「なら、近くで斬ればいい」


リズナは迷わず巨体へ向かう。


魔力を剣の外へ広げず、刃の内側だけへ留める。


白い装甲が振り下ろされた。


身を沈めて潜り込み、脇腹の継ぎ目を斬り上げる。


深く入った。


だが、剣を引く前に外殻が閉じ始める。


「リズナ!」


ゼラスが腕を掴み、力ずくで引き抜いた。


直後、装甲が噛み合う。


「助かったわ」


「ああ」


短く言葉を交わし、二人は同時に踏み込む。


ゼラスが正面から装甲を押し開く。


リズナがその隙間へ剣を滑り込ませた。


「中に核は?」


『ない。これは空の身体』


ミテイの返答に、リズナが眉を寄せる。


「じゃあ、何を壊せば止まるの?」


『本体は仮設回収口。

巨体はそこから動かされているだけ』


ゼラスが巨体を押さえたまま、背後の崩れかけた円環を見る。


「なら、あれを壊す」


『まだ駄目。皇核と繋がった線を分離する前に壊せば、地脈側へ逆流する』


「あとどれくらいだ?」


ミテイは白い線へ意識を集中させた。


『十秒』


「十分だ」


ゼラスが笑った。


白い巨体の装甲が一斉に開く。


内部から無数の腕が伸び、ゼラスの身体へ絡みついた。


腕が首、腰、脚を締め上げる。


さらに赤い光が胸部へ集まり始めた。


リュミエラが動こうとする。


「ゼラス!」


「来るな。そっちを守れ」


ゼラスは魔剣を収納へ戻した。


両腕へ力を込める。


白い拘束が軋んだ。


一本。


二本。


力ずくで引き千切っていく。


だが、新しい腕が次々と生まれ、身体へ巻きついた。


『残り五秒』


リュミエラはミテイと魔皇の前へ障壁を重ねる。


リズナは巨体へ向かって走った。


「ゼラス、少しだけ耐えて!」


「お前に言われるまでもない」


「なら、動かないで!」


リズナが巨体の肩へ飛び乗る。


剣を逆手に持ち、ゼラスへ絡む腕の根元を一つずつ斬り裂いた。


一本を斬れば、別の一本がリズナへ伸びる。


ゼラスがそれを掴み、引き寄せた。


「そっちは任せる」


「ええ。任せて」


風を使わず、剣だけで白い腕を切り開いていく。


『三秒』


巨体の胸部が赤く染まる。


光が限界まで収束した。


リュミエラの障壁では、ゼラスとリズナまで守れない。


「二人とも、離れて!」


「まだよ!」


リズナの剣が最後の拘束を斬った。


ゼラスは自由になった腕で彼女を抱き寄せる。


同時に床を蹴った。


『一秒』


赤い光線が放たれる。


二人の背中を掠め、白い熱が外套を焼いた。


ゼラスは空中で身体を反転させ、リズナを抱えたまま着地する。


『分離完了』


ミテイの声が響いた。


灰色の刃が、皇核へ絡んでいた最後の白い線を断ち切る。


魔皇は即座に皇核の経路を閉じた。


仮設回収口への魔力供給が止まる。


白い巨体が硬直した。


「今なら壊せるな?」


ゼラスが尋ねる。


『壊せる』


リズナはゼラスの腕から降り、剣を構えた。


「一緒に行く?」


「ああ」


二人が同時に駆ける。


ゼラスの魔剣が再び手に現れた。


炎を纏った黒い刃。


風を一点へ集めたリズナの剣。


二本の刃が、崩れかけた円環の中心へ叩き込まれる。


白い光が大きく歪んだ。


円環に無数の亀裂が走る。


次の瞬間、仮設回収口は音もなく砕け散った。


白い巨体も形を保てず、光の粒となって崩れていく。


「終わった?」


リズナが息を整えながら尋ねる。


ミテイは消えていく粒子を見つめた。


『仮設回収口は消滅した。

皇核への接続も切れている』


リュミエラが障壁を解き、息を吐く。


「なら、ひとまず成功ね」


魔皇は皇核から手を離した。


「いや。まだだ」


縦穴の底から、低い音が響いた。


砕けた白い粒子が落ちていく。


その奥で、黒い接続線だけが消えずに残っていた。


切断されたはずの先端が、ゆっくりとこちらへ向きを変える。


ミテイの表情が強張った。


『接続ではない』


「何だ?」


『外側が、切断される直前に何かを残した』


黒い線の先端が開く。


そこから、人の形をした影が一体だけ現れた。


白い巨体より小さい。


だが、周囲の魔力は比べものにならないほど重かった。


影の顔に、赤い文字が浮かぶ。


『現皇核保持者を確認』


続いて、その視線がリズナへ移る。


『指定個体を再確認』


最後に、ゼラスを見た。


『主境界門封鎖実行者を確認』


ゼラスの目が細くなる。


影はゆっくりと腕を持ち上げた。


『優先排除対象を更新』

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