第百四十一話 門ではないもの
白い巨体の背後で、円形の光が組み上がっていく。
六本の腕が開き、顔に走る赤い線がリズナを捉えた。
『第七移住群指定個体。
損傷を確認。
回収処理を開始』
床から白い帯が噴き出す。
リズナは風を纏い、横へ跳んだ。
帯は床を這いながら軌道を変え、その足を追ってくる。
「しつこいわね!」
振り抜いた剣から、鋭い風が走る。
白い帯は切断されたが、断面から細い糸が伸び、すぐに繋がり始めた。
ゼラスが魔剣を振るう。
黒い刃から流れた炎が、再生途中の糸を焼き払った。
「斬るだけじゃ止まらないな」
『この施設の魔力を使って再構成している』
ミテイの瞳に灰色の光が宿る。
白い巨体ではなく、その背後に浮かぶ円環を見つめた。
『これは門ではない』
魔皇が皇核の前から振り返る。
「どういうことだ?」
ミテイは魔皇へ身体を向けた。
『陛下。グランラビリス第百階層で封鎖した主境界門は、今も閉じています。
これはアスタリアへ伸びた支線に残っていた管理回線から、構成情報だけを受信しているものです』
「外側から本体が渡ってきたわけではないのか?」
『はい。こちらの施設から魔力を奪い、回収機能を現地で組み立てています』
ミテイは全員へ視線を巡らせる。
『主境界門が閉じているから、外側は大きなものを直接送り込めない。
これは代わりに作られた仮設回収口』
ゼラスは白い巨体を見上げた。
「グランラビリスの門を閉じた意味はあったわけだな」
『あった。
あれが開いていれば、この程度では済まなかった可能性が高い』
「なら、あそこで苦労した甲斐はあったな」
リズナがゼラスの隣へ着地する。
「今さら疑ってたの?」
「確認しただけだ」
「そういうことにしておくわ」
白い巨体が床を踏み砕いた。
六本の腕のうち、四本がゼラスへ伸びる。
残る二本は左右からリズナを挟み込んだ。
「随分歓迎されてるな」
「狙われてるのはあたしよ!」
「なら、こっちは引き受ける」
ゼラスは四本の腕を正面から受け止めた。
少年の身体が押され、靴底が石床を滑る。
それでも、巨体の腕はそれ以上進まない。
ゼラスは魔剣を一本の関節へ差し込み、そのまま捻った。
白い外殻が砕け、腕が床へ落ちる。
切断面から光の糸が伸び始めた。
「リュミエラ、再生を止めてくれ」
「任せて」
リュミエラが片手を向ける。
青白い冷気が切断面を包み、内部を流れる魔力ごと凍結させた。
「これで少しは持つわ」
「助かる」
「素直に頼まれるのも悪くないわね」
「余裕がある時に聞く」
ゼラスは残る三本の腕を押し返した。
リュミエラは小さく笑い、次の術式を展開する。
リズナへ迫る二本の腕は、指先から白い網を広げていた。
網に触れた瞬間、彼女の周囲を流れていた風が消える。
身体が僅かに落ちた。
「風を散らされた……?」
ミテイが白い網の構造を追う。
『中核風紋を解析している。リズナの風と逆の流れを作って相殺している』
白い網が頭上から覆いかぶさる。
リズナは落下しながら剣を逆手に持ち替え、網の端を斬り裂いた。
開いた隙間へ身体を滑り込ませ、そのまま床へ着地する。
「風が駄目なら、剣で行くわ」
地面を蹴り、巨体の懐へ入る。
剣先が腹部の継ぎ目へ突き込まれた。
だが、硬い外殻に阻まれ、半ばで止まる。
巨体の胸が開いた。
収束した赤い光が、至近距離からリズナを照らす。
横から飛び込んだゼラスが、巨体の胴を蹴り飛ばした。
白い身体が床を滑り、赤い光線は天井へ逸れる。
「剣だけで行くなら、もっと深く入れ」
「今やろうとしてたのよ」
「なら続けろ。こいつは押さえる」
ゼラスが巨体へ追いつき、腕の根元へ魔剣を差し込んだ。
魔力を爆発させることなく、刃を支点にして白い身体を床へ押し倒す。
広間全体が低く揺れた。
「ミテイ。後ろの輪を壊せば止まるか?」
『輪だけでは止まらない』
ミテイの灰色の魔力が床と壁を走る。
円環から伸びる三本の白い線が、淡く浮かび上がった。
『固定点は三つ。
壁に一つ、床に一つ。最後の一つは皇核の制御線と重なっている』
「最後は私が分離する」
魔皇が皇核へ掌を置いた。
『陛下。右下の線は地脈制御と繋がっています。切らないでください』
「分かった」
魔皇は皇核へ流す力を細く絞り、外側の白い線だけを浮かび上がらせていく。
ミテイがリズナへ顔を向けた。
『右の壁と、床の中央。二つは切れる』
「分かった!」
リズナが壁へ向かって走る。
白い巨体が腕を伸ばし、風を消す網で進路を塞いだ。
ゼラスは巨体を押さえたまま、空いた手を向ける。
「ファイアボール」
小さな炎弾が網の中央へ飛び込む。
爆発は起こらない。
代わりに炎が薄く広がり、白い糸だけを焼き切った。
「今だ」
「ありがとう!」
リズナは炎の隙間を駆け抜けた。
壁の奥で脈動する固定点へ、剣先を向ける。
風を広げず、刃の周囲だけへ細く集中させた。
「はあっ!」
剣が石壁を傷つけることなく、内部の白い線だけを断つ。
背後の円環が欠け、白い巨体の腕が一本、力を失った。
『一つ目、切断』
残る固定点は床の中央。
だが、巨体は戦い方を変えた。
六本の腕を縮め、全身を球体のように丸める。
直後、外殻から無数の白い針が放たれた。
「陛下には通さない!」
リュミエラが魔皇の前へ障壁を展開する。
白い針が青い壁へ次々と突き刺さった。
数本が障壁を貫く。
ミテイが床を持ち上げ、石壁で受け止めた。
魔皇へ顔を向ける。
『陛下、分離にはあとどれほど必要ですか?』
「もう少しだ。外側の線が地脈へ深く食い込んでいる」
『承知しました。ここは通しません』
リュミエラが横目でミテイを見る。
「陛下には、本当に丁寧なのね」
ミテイは正面を向いたまま、次の石壁を作る。
『今は確認する必要がない』
「それはそうね」
二人は続けて飛来した針を同時に防いだ。
ゼラスは針の雨の中を進む。
白い針が肩や腕を掠めるが、足を止めない。
「ゼラス!」
「問題ない」
魔剣を収納へ戻し、球体となった巨体を両腕で抱え込む。
白い外殻が激しく回転した。
腕へ細かな傷が増えていく。
それでもゼラスは腰を落とし、力を込めた。
「床の固定点が見えないんだろ?」
「ええ!」
「なら、持ち上げる」
三メートルを超える白い塊が、力ずくで床から引き剥がされた。
その下に、淡く脈打つ固定点が現れる。
リズナが一瞬だけ目を見開いた。
「本当に持ち上げた……」
「感心するのは後にしろ」
「分かってるわよ!」
リズナは床を蹴った。
剣先へ風を集め、露出した固定点へ突き立てる。
白い線が弾けた。
円環が半分まで崩れ、巨体の回転が止まる。
『二つ目、切断』
ゼラスは動きを失った巨体を抱えたまま向きを変え、床を傷つけないよう広間の端へ滑らせた。
「今度は投げなかったのね」
「お前がうるさいからな」
「褒めてるのよ」
「なら、もう少し分かりやすく頼む」
「十分分かりやすいでしょう?」
ゼラスは少し笑い、立ち上がろうとする巨体へ目を戻した。
白い巨体は完全には止まっていなかった。
残る一本の線から皇核施設の魔力を吸い上げ、砕けた外殻を繋ぎ直していく。
ミテイはその再生過程を見つめた。
やがて、僅かに目を見開く。
『この構造を知っている』
ゼラスが振り返る。
「グランラビリスのものか?」
『そう。
第百階層へ後から追加されていた、白い取得機構と同系統』
「なら、切り離し方も分かるか?」
『記録している。取得命令だけを分離できる』
ミテイは魔皇のそばへ進み、静かに姿勢を正した。
『陛下。皇核の制御線を残したまま、外側の命令だけを切り離せます』
魔皇は皇核へ流していた力を僅かに緩める。
「任せてよいか?」
『はい。お任せください』
ミテイの灰色の魔力が、皇核へ絡みついた白い線を包み始めた。
白い巨体が再び立ち上がる。
残った腕を広げ、その中心に赤い光を集めた。
今度の狙いはリズナではない。
皇核と、その前に立つミテイだった。
リュミエラが一歩前へ出る。
「ミテイは続けて。ここは止める」
『頼む』
ゼラスもリュミエラの隣へ並んだ。
収納魔術から魔剣レイスウィザードを引き抜く。
「二人で足りるか?」
「誰に聞いてるの?」
「そうだったな」
二人の前で、白い巨体が腕を振り上げる。
その背後では、崩れかけた仮設回収口が最後の魔力を吐き出していた。




