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第百三十九話 地下の守護体



魔皇を先頭に、五人は地下へ続く階段を下りていった。


最後尾にはリュミエラがいる。


「リュミエラも来るのか?」


ゼラスが振り返る。


「当然でしょう。陛下を一人で行かせるわけにはいかないもの」


「前は一人で行かせたらしいが」


「あの時は、地下に入ったことすら後から知ったの」


リュミエラは笑っていたが、声には僅かな不満が残っていた。


魔皇が前を向いたまま口を開く。


「今回は隠すつもりはない。リュミエラにも見ておいてもらう」


「はい、陛下」


陛下に対してだけ、リュミエラの口調が整う。


その隣を歩くミテイも、静かに頭を下げた。


『承知しました、陛下』


リュミエラが横目でミテイを見る。


「本当に私には使わないのね」


『必要ない』


「まだ少しだけ納得できないわ」


『親しい相手には、使わない方が自然だと学んだ』


リュミエラは一瞬黙り、やがて笑った。


「それならいいわ」


階段を下りるにつれ、空気に含まれる魔力が濃くなっていく。


壁には一定の間隔で古い術式が刻まれていた。


青白い光が、魔皇の接近に合わせて一つずつ灯る。


やがて階段が終わり、広い通路へ出た。


天井は高く、壁も床も黒い石で作られている。


人が使うための施設というより、巨大な地脈そのものへ手を加えるための場所に見えた。


ミテイが壁へ手を触れる。


『施設全体が、帝都の地脈と繋がっています』


「壊せばどうなる?」


リズナが尋ねる。


『範囲による。大きく損傷すれば、帝都だけでは済まない』


「なら、派手な魔術は使わない方がいいわね」


リズナがゼラスを見る。


「俺を見るな」


「真っ先に壊しそうだからよ」


「加減はできる」


「その言葉、何度聞いても不安なのよね」


「信用がないな」


ゼラスは軽く笑いながら、通路の奥へ目を向けた。


魔皇が歩みを止める。


正面には、高さ十メートルを越える巨大な扉があった。


中央には、複数の円が重なった紋章が刻まれている。


「この先が皇核の管理域だ」


魔皇が扉の前へ立つ。


「以前は、地脈の断裂を修復するためにここを開いた」


「陛下一人で行われたのですか?」


リズナが尋ねる。


「ああ。当時は、他者を入れる方が危険だった」


魔皇が紋章へ掌を当てた。


低い振動が通路を満たす。


幾重にも重なっていた円が回転し、扉の内部から重い音が響いた。


その時。


ミテイが顔を上げた。


『お待ちください、陛下』


魔皇の手が止まる。


『扉の内側に、別の命令が混ざっています』


「外側からの接続か?」


『はい。本来の開放手順に重ねられています』


ミテイの瞳に灰色の光が宿る。


扉の紋章へ、細い灰色の線が伸びた。


『皇核保持者が扉を開いた瞬間、識別情報を外側へ送る構造です』


「私を待っていたわけか」


魔皇の声が低くなる。


ゼラスが扉の周囲を見回した。


「外せるか?」


『可能。ただし、外部命令が施設の防衛機構にも接続しています』


その言葉と同時に、背後で石の砕ける音がした。


全員が振り返る。


通路の壁から、黒い腕が突き出していた。


続いて頭部。


胴体。


壁と一体化していた巨人が、石片を落としながら姿を現す。


高さは三メートルほど。


顔には目も口もなく、胸の中央に赤い光が灯っている。


左右の壁からも、同じ守護体が次々と剥がれ落ちた。


一体。


三体。


六体。


通路の前後を塞ぐように、合計十体が並ぶ。


『本来の識別命令が書き換えられています』


ミテイが告げる。


『皇核保持者と同行者を、外部侵入者として認識』


「随分勝手な防衛機構だな」


ゼラスが一歩前へ出た。


収納魔術の黒い揺らぎが開き、そこから魔剣レイスウィザードの柄が現れる。


だが、手を伸ばす前にリズナが彼の肩を押した。


「待って。施設を壊さないって話だったでしょう?」


「斬る場所は選ぶ」


「本当に?」


「ああ。余裕だ」


リズナは一瞬だけ疑うように見たが、自分も剣を抜いた。


「じゃあ、あたしが足を止める。壊すのは最低限にして」


「任せる」


リュミエラが魔皇の前へ立つ。


「陛下は扉の処理を続けてください。こちらは私たちが抑えます」


「頼む」


魔皇が再び紋章へ手を向ける。


その瞬間、守護体の胸部が一斉に輝いた。


十本の赤い光線が、通路を交差する。


「散れ!」


ゼラスの声と同時に、全員が動いた。


リズナは風を足元へ巻きつけ、光線の隙間を抜ける。


正面の守護体が巨大な腕を振り下ろした。


リズナは半歩だけ横へずれ、剣を下から跳ね上げる。


刃が肘の継ぎ目を正確に捉えた。


甲高い音とともに、黒い腕が軌道を逸らす。


「ミテイ、弱点は?」


『胸部の光は囮。制御核は首の後ろ』


「分かった!」


リズナが風を纏い、守護体の肩を駆け上がる。


振り向こうとした巨体の首へ、鋭い一閃。


外殻の隙間から淡い光が漏れ、守護体の動きが止まった。


倒れる前に、ゼラスが片手でその胸を押す。


巨体は壁へ激突することなく、その場へ垂直に崩れ落ちた。


「ちゃんと加減できるじゃない」


「だから言っただろ」


「褒めたんだから、素直に受け取りなさいよ」


「それはありがたいな」


別の守護体が、背後からゼラスを掴もうとする。


ゼラスは振り返らず、その腕を片手で受け止めた。


黒い石の指が、軋みながら止まる。


「重いだけだな」


腕を引き寄せ、体勢を崩す。


そのまま足を払うと、三メートルの巨体が宙へ浮いた。


リズナが目を見開く。


「投げないでよ!」


「分かってる」


ゼラスは守護体を床へ寝かせるように倒し、首の後ろへ拳を落とした。


鈍い音。


制御核だけが砕け、巨体は沈黙する。


「ほら、壊してない」


「核は壊したでしょう」


「そこは壊さないと止まらん」


「それはそうだけど」


二人の横を、青白い閃光が通り抜けた。


リュミエラの魔術が、三体の守護体を同時に包む。


外殻を傷つけず、内部を流れる魔力だけを凍結させていた。


動きを止めた三体の首へ、ミテイの灰色の石針が突き刺さる。


制御核が同時に沈黙した。


「相変わらず正確ね、ミテイ」


『リュミエラが止めたから簡単だった』


「それは褒めてる?」


『褒めている』


リュミエラが満足そうに笑う。


残る四体が、戦い方を変えた。


胸の赤い光が消え、外殻が組み替わる。


二本だった腕が四本に分かれ、首の後ろを覆うように装甲が伸びた。


『こちらの攻撃を学習しています』


ミテイが告げる。


『弱点を保護。魔力の性質も変化しています』


「外側の管理者が動かしてるのか?」


ゼラスが尋ねる。


『直接ではない。送られた命令が、戦闘記録から自動で更新している』


四体の守護体が同時に床を蹴った。


一体がリズナへ。


二体がリュミエラとミテイへ。


最後の一体は、扉を開こうとしている魔皇へ向かう。


ゼラスの姿が消えた。


次の瞬間、魔皇へ伸びた四本の腕が止まる。


少年姿のゼラスが、そのすべてを両腕で受け止めていた。


足元の石床に細い亀裂が走る。


「陛下。こちらは気にせず続けてください」


「分かった」


魔皇は振り返らない。


ゼラスは守護体を見上げ、口元を僅かに上げた。


「さっきよりは、少し面白くなったな」


守護体の背中が開く。


内部から、黒い槍が何本も展開された。


同時に、巨大な扉の向こうから地響きが響く。


ミテイが戦いながら扉へ顔を向けた。


『さらに大きな反応があります』


魔皇の表情が険しくなる。


「本来、あの奥に守護体は配置されていない」


扉の隙間から、赤い光が漏れ出した。


低く重い駆動音が、地下施設全体を震わせる。


『外側の命令が、皇核施設の中で新しい個体を構成しています』


ゼラスは四本の腕を押し返しながら笑った。


「ちょうどいい」


収納魔術から、魔剣レイスウィザードを引き抜く。


「久しぶりに、少しは動けそうだ」

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