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第百三十三話 管理者の応答



『管理者――稼働中』


壁面に浮かぶ文字は、それ以上変化しなかった。


リズナは、縦に並んだ帰還命令を見上げる。


「百年以上、同じ管理者が生きてるってこと?」


『生物とは限らない』


ミテイが命令の識別情報を開いた。


細かな記号と数列が、壁面を埋めていく。


『送信間隔と署名形式が一定。

意思決定の記録も、定められた条件に従っている』


「自動で動く管理機能か」


ゼラスが言うと、ミテイは頷いた。


『その可能性が高い。

私が以前担っていた記録機能に近い』


リズナがミテイを見る。


「じゃあ、話せば止められるかもしれない?」


『不明。

私には選択できる。

この管理者に同じ能力があるとは限らない』


淡々とした声だった。


それでも、自分と管理者を同じものとして扱っていないことは伝わった。


ゼラスが壁面へ目を戻す。


「こちらから接続するな。

まず、三日前に何を受け取ったのか調べろ」


『分かった』


灰色の魔力が通信盤の内部へ沈む。


間もなく、最新の命令に隠されていた受信記録が開いた。


『アスタリア側から、状態報告が送信されている』


「中央風塔から?」


『そう』


文字が一行ずつ表示される。


『指定回収個体、帰還を確認。

言語適応層、正常。

指令層、消失。

報告回線、切断。

現地判断核、接続解除』


リズナの顔が強張った。


「これ……あたしと母さんのことよね」


『一致する』


報告回線を切断するまで、中央風塔は外側へ情報を送り続けていた。


リズナが戻ったことも。


命令を取り除いたことも。


ネフィラを解放したことも。


すべて知られている。


「三日前の命令は、古いものが残っていただけじゃない」


セレイナが呟いた。


ミテイが同じ内容をゼラスへ訳す。


『管理者は報告を受信し、新しい帰還命令を作成した』


「個人の回収に失敗したから、対象を広げたのか」


『命令内に、その判断記録がある』


壁面に短い文章が現れる。


『指定個体による経路回復、失敗。

現地系統による管理妨害を確認。

個体回収から系統回収へ移行』


リズナは拳を握った。


「あたし一人で駄目だったから、全員を連れていくっていうの?」


『そう判断できる』


「勝手すぎるわ」


誰も帰りたいとは言っていない。


祖先たちは、ここで生きることを選んだ。


その子孫を数だけで拾い上げ、まとめて回収しようとしている。


ゼラスは命令文を静かに見据えていた。


「こいつにとっては、人じゃないんだろうな」


「え?」


「移住させた数と、戻ってきた数しか見てない。

何百年ここで生きたかなんて、最初から記録する気もない」


リズナは何も答えなかった。


その言葉は、風導院が母や自分へ行ったことにも重なっていた。


器。


個体。


系統。


呼び方を変えただけで、意思を見ないところは同じだった。




『まだ続きがある』


ミテイが受信記録の最下部を開く。


『系統回収が失敗した場合の処理が指定されている』


「経路が開いても、誰も従わなかった場合か?」


『そう』


セレイナが息を呑む。


「その場合は、どうなるの?」


ミテイは表示された古い用語を確認した。


一度では意味を決めず、前後の記録と照合する。


『帰還対象が自発的に経路へ入らない場合、外側から回収機能を送る』


「回収機能?」


リズナが眉を寄せる。


『人員か、装置かは不明。

ただし、アスタリア側へ侵入する機能を持つ』


ゼラスの目が細くなった。


「こちらから連れていくんじゃない。

向こうから迎えに来るわけか」


『そうなる』


壁面に、新たな項目が現れた。


『境界経路の再公開後、現地回収門を展開』


その下には、現在の進行状態が表示されている。


『回収門構成情報――送信済み』


「もう送られてるの?」


『情報だけ。

封鎖が残っているため、展開は開始されていない』


残り四十六日。


期限までは、外側から入ることはできない。


だが封鎖が消えた瞬間、向こうは迷わず門を開く。


ゼラスが通信盤から離れた。


「陛下に確認する理由が増えたな」


「ええ」


リズナは期限表示を見たまま頷く。


「五日後に出る。

それまでに、できることを全部済ませるわ」


「それでいい」


『記録を複製する。

管理者には応答しない』


ミテイの判断に、ゼラスも頷いた。


「下手に生きてると知らせる必要はない」


『すでに知られている』


「それでも、会話する気があるとは教えない方がいい」


『理解した』


ミテイが通信盤から外部回線を切り離す。


壁面の文字が一つずつ消えていった。


最後まで残ったのは、管理者から送られた短い通知だった。


『第七移住群へ告知』


続いて、その内容が表示される。


『帰還拒否は、移住契約への違反と見なす』


リズナは、その一文を黙って見つめた。


やがて、はっきりと言った。


「そんな契約、あたしたちは結んでないわ」

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