第百三十二話 帰還命令の宛先
『対象――第七移住群の全生存系統』
浮かび上がった文字を見つめ、リズナは息を止めた。
「全生存系統って……ルフェリアだけじゃないの?」
ミテイが記録の奥へ灰色の魔力を伸ばす。
『違う。
第七移住群から分かれた、すべての血統を指している』
セレイナへもアスタリア語で伝えると、その顔が強張った。
「今も残っている家系を特定できる?」
『この記録だけでは不可能。
アスタリアへ定住した時点では、二十三の家系に分かれている』
「百年以上も経ってるのよ。今はもっと増えてるわ」
リズナは自分の胸元へ手を置いた。
ルフェリアに中核風紋が現れたように、他の家系もアスタリアの土地へ適応している可能性がある。
彼らの多くは、自分たちの祖先が外から来たことすら知らないはずだった。
ゼラスが壁面の文字を見上げる。
「命令の内容は分かるか?」
『解析中』
「帰還って、全員を外側へ転移させるってこと?」
『現時点では断定できない』
ミテイの瞳で灰色の光が明滅する。
『ただし、命令に本人の同意を確認する項目はない』
リズナの表情が険しくなった。
「やっぱり、強制なのね」
『そう判断する』
かつてルフェリアの祖先は、帰還を拒んだ。
古い皇核保持者はその選択を認め、経路を封じた。
それでも外側からは、帰還命令が送り続けられている。
誰がどこで暮らしたいのか。
その意思など、最初から数えられていなかった。
「この記録を消せば止められる?」
リズナの問いに、ミテイは首を横へ振った。
『ここにあるのは、受信した命令の写し。
外側に存在する原本は消えない』
「なら、経路を壊すしかないか」
ゼラスが言うと、ミテイは壁面へ新たな文字を展開した。
『方法は二つ。
皇核権限による封鎖の更新。
または、境界経路の完全切断』
「完全切断はできるの?」
『アスタリア側の接続点だけなら可能。
ただし、切断時の影響を予測できない』
セレイナが眉を寄せる。
「地方風塔にも影響が出る?」
『可能性がある。
第七移住群の経路は、現在の風脈網より古い。
一部が基礎構造と重なっている』
不用意に壊せば、ようやく正常へ戻した十二の風塔まで傷つけかねない。
ゼラスは腕を組んだ。
「先に陛下へ確認する方が確実だな」
『同意する』
リズナは壁面に表示された期限を見る。
残り四十六日。
「ガリオールまで、どのくらいかかる?」
「帰りも転移装置を使えれば一瞬だ。
問題は、装置を動かせる場所まで行く時間だな」
「王都の地下にあった転移室は?」
『再使用可能。
ただし、ガリオール側の到着座標は前回と同じ』
前回、二人が到着したのはガリオールの辺境だった。
そこから帝都までは距離がある。
「飛べば間に合う」
ゼラスが迷いなく言う。
「陛下に会えるかは別としても、帝都へ着くまでに四十六日もかからん」
「じゃあ、出発は――」
「急ぐ必要はある。
焦る必要はない」
ゼラスはリズナを見る。
「親父さんたちへ説明して、準備を整えてから出るぞ」
「……ええ」
母は、ようやく百年以上の拘束から解放されたばかりだ。
できるなら、もう少しそばにいたい。
その思いを見抜かれた気がして、リズナは僅かに目を伏せた。
「三日で準備するわ」
「五日でいい」
「でも――」
「二日の差で失敗するようなら、最初から余裕とは言わん」
リズナはゼラスの顔を見つめた。
「本当に大丈夫?」
「ああ、余裕だ」
いつもの言葉だった。
だが今は、無理を隠すためではなく、彼女を安心させるために言っていると分かった。
「なら、五日ね」
「ああ」
「その代わり、出発したら急ぐわよ」
「俺について来られるならな」
「置いていったら怒るからね」
「それは面倒だな」
「面倒で済ませないでよ」
ゼラスの口元が僅かに上がった。
セレイナは通信盤の横にある記録棚へ向かった。
「風導院に残っている家系記録を調べるわ。
第七移住群から分かれた家を、可能な限り特定する」
「見つけても、今は何も伝えない方がいいかもしれない」
リズナが言うと、セレイナも足を止めた。
「混乱させるだけになる可能性があるわね」
「ええ。
まず命令が何をするのか確かめたい」
自分が外側へ送られた時のように、突然転移させられるのか。
意識を奪われるのか。
あるいは、別の命令が身体に埋め込まれるのか。
分からないまま大勢へ告げれば、王都だけでなく各地に恐怖が広がる。
『家系の特定は必要。
だが、説明は解析後が適切』
「そうしましょう」
セレイナが頷く。
「五日間で、こちらも可能な限り情報を集めるわ」
ミテイは再び命令文へ意識を集中させた。
長い沈黙の後、一つの項目を開く。
『命令の送信時刻を確認した』
リズナが顔を向ける。
「いつ送られたの?」
『一度ではない』
壁面に、同じ命令が縦に並んでいく。
百年以上前。
八十年前。
五十年前。
二十年前。
そして――
『最新の送信は、三日前』
室内の空気が止まった。
「三日前……?」
リズナが呟く。
それは、彼女たちが中央風塔の地下へ入るより後だった。
古い命令が残っていただけではない。
今も、誰かが外側から送り続けている。
ゼラスの目が細くなる。
「送信者は分かるか?」
『識別名がある』
最後の命令の下に、新たな文字が浮かび上がった。
『第七移住群帰還管理者』
その隣には、短い状態表示が残されている。
『管理者――稼働中』




