第百三十一話 残された期限
中央風塔の鐘は、一度きりで止まった。
広場に残っていた人々が、不安そうに塔を見上げる。
セレイナはすぐに壇を下り、ミテイのもとへ駆け寄った。
「何が届いたの?」
ミテイは掌に浮かぶ文字を追う。
『古いガリオール語で記録されている。
まだ続きがある』
「ここで読めるのか?」
ゼラスが尋ねる。
『一部が欠けている。
西部風塔から原文を取得した方が正確』
セレイナが周囲を見回した。
広場には、まだ多くの市民が残っている。
「中央風塔の中へ移りましょう。
これ以上、不確かな情報を広げるべきではないわ」
リズナも頷いた。
「ええ。まず内容を確かめましょう」
セレイナは職員たちへ、広場の人々に危険はないと説明するよう命じた。
四人は中央風塔へ入り、地上階の記録室へ向かった。
記録室の中央には、地方風塔との通信盤が置かれていた。
ミテイが灰色の魔力を流すと、西部風塔から送られた記録が壁面へ映し出される。
ゼラスは並んだ文字を見上げた。
「古い書き方だな」
『現在のガリオール語とは、用語の使い方が異なる』
リズナにも大まかな意味は伝わってきた。
だが、いくつかの言葉だけが理解できず、頭の中で形を結ばない。
「祖先帰還路……の後が分からないわ」
『専門的な管理用語。
私が読む』
ミテイは記録の欠けた箇所を補いながら、ガリオール語で読み上げた。
『第七移住群の永住登録を承認。
本人らの選択に基づき、祖先帰還路を封鎖する』
リズナの表情が変わる。
第七移住群。
地下蔵の金属板に残されていた、ルフェリアの祖先たちを示す言葉だった。
ミテイは続ける。
『本処置は、皇核保持者の権限によって維持される。
移住群およびその子孫に対し、強制帰還命令を適用してはならない』
セレイナには、ミテイがアスタリア語で同じ内容を伝えた。
「では、これはルフェリアの祖先に関する記録なのね」
『その可能性は極めて高い』
「封印期限っていうのは?」
リズナの問いに、ミテイが次の行を示す。
『権限保持者不在の場合、封鎖は保存された皇核権限によって継続。
ただし、権限残量の消失後は維持不能』
その下に、細かな数字が並んでいる。
ミテイの瞳に灰色の光が走った。
『現在の換算では、残り四十六日』
室内が静まり返った。
「四十六日後に、何が起きる?」
ゼラスの声から軽さが消える。
『封鎖されていた祖先帰還路が再接続を開始する』
「リズナが通った転移経路か?」
『同一系統と推定。
ただし、あの転移は中央風塔が一時的に経路を開いたもの。
期限後は、外側からも接続可能になる』
リズナは壁面の文字を見つめた。
「外側から……」
ルフェリアの祖先が、ガリオールへ来る前にいた場所。
そこへ続く経路が、再び開く。
セレイナが険しい顔で尋ねる。
「開いた瞬間、誰かが転移してくるの?」
『不明。
記録には、経路と座標の再公開とだけある』
「すぐに襲われるとは限らないわけね」
『その通り。
ただし、アスタリアの位置が外側へ伝わる可能性がある』
それだけでも、放置できる問題ではなかった。
ゼラスは壁面へ近づき、記録の末尾を読む。
そこには、短い一文が残されている。
「封鎖の更新、または経路の完全切断には……皇核保持者の権限が必要、か」
リズナが隣へ立つ。
「今の魔皇なら、できるの?」
「分からん」
ゼラスは僅かに目を細めた。
「皇核保持者という呼び方を、陛下から聞いたことはない。
だが、陛下が古い地下施設を使ったことはある」
「前に言ってた、ひどく消耗した時?」
「ああ。
地脈を調整したように見えたが、詳しくは聞いてない」
当時は、魔皇が何をしているのかまで知る必要はないと思っていた。
だが、今見つかった記録が同じ権限を示しているなら、無関係とは考えにくい。
「陛下に直接確認するしかないな」
「ガリオールへ戻って?」
「ああ」
リズナは少しだけ黙った。
母親は、ようやく家へ帰ったばかりだ。
すぐに離れたいとは思わない。
しかし、四十六日という期限を無視することもできなかった。
ゼラスが横から彼女を見る。
「明日出る必要はない」
「でも、時間は限られてるわ」
「四十六日ある。
帰る準備をして、親父さんたちと話す時間くらいは取れる」
「間に合う?」
「ああ、余裕だ」
迷いのない声だった。
リズナは小さく息を吐く。
「その言葉、こういう時は本当に助かるわね」
「こういう時以外も信用しろ」
「努力するわ」
「即答しろ」
リズナの口元に、僅かに笑みが戻った。
セレイナは通信盤へ視線を落とした。
「こちらでは、西部風塔の記録をすべて調べるわ。
他の地方風塔にも、同じ通信が残っていないか確認させる」
『私も解析する』
「お願い、ミテイ」
ミテイは首を横へ振った。
『私はゼラスたちとガリオールへ行く。
出発までに解析し、必要な記録を複製する』
セレイナは一瞬驚いた後、頷いた。
「そうね。その方がいいわ」
リズナがミテイを見る。
「もう行くって決めてるのね」
『私は二人の同行者。
それに、皇核を直接確認したい』
「分かったわ。一緒に行きましょう」
ミテイは静かに頷いた。
その時、壁面に映っていた記録が揺れた。
最後の一行の下に、これまでなかった文字が浮かび上がる。
『経路再接続時、受信待機中の帰還命令を実行』
リズナの笑みが消えた。
「受信待機中……?」
ミテイが記録の深部を探る。
灰色の光が激しく明滅した。
『命令は、すでに外側から送られている』
ゼラスが壁面を見据える。
「誰に対する命令だ?」
新たな文字が、一つずつ表示される。
『対象――第七移住群の全生存系統』




