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第百二十九話 まだ名前のない関係



「彼と、お前はどういう関係なんだ?」


父の問いに、リズナの頬から耳まで一気に赤くなった。


成人姿のゼラスは、父の真剣な視線と、固まったリズナを見比べる。


「俺との関係を聞かれたか?」


「分かってるなら、今は黙っててよ」


「難しい注文だな」


「お願いだから!」


父には二人のやり取りが分からない。


眉を寄せた彼に代わり、ネフィラが寝台の上で楽しそうに笑っていた。


ミテイがゼラスへ顔を向ける。


『リズナの父親は、二人がどういう関係なのか聞いている』


「ミテイ……」


『正しく伝えた』


「正しいけど、もう少し待ってほしかったのよ」


逃げ道を失ったリズナが、片手で顔を覆う。


ゼラスは口元を僅かに緩めた。


「それで、俺が答えていいのか?」


「……変なこと言わないでよ」


「信用がないな」


「最近のあんたを見てると不安なの」


「それは仕方ないな」


ゼラスは小さく笑った。


こんなふうにリズナの家族と向き合う時間が来るとは、少し前まで考えてもいなかった。


だが、悪い気分ではなかった。




父は改めてゼラスを見た。


「娘を、どう思っている?」


ミテイがガリオール語へ訳す。


今度は、リズナも止めなかった。


ゼラスは僅かに考える。


からかうためではない。


父親へ伝える言葉を選ぶために。


「まだ、関係に名前はつけてない」


ミテイがアスタリア語へ訳した。


父の眉が僅かに動く。


「だが、俺が会いたくて大陸を越えた相手だ」


リズナが顔を上げた。


ゼラスは彼女へ視線を向ける。


「これからも、そばにいたいと思ってる」


ミテイの通訳が終わると、部屋が静かになった。


リズナはゼラスを見つめたまま、すぐには言葉を返せない。


「……そういうことを、急に言うのはずるくない?」


「聞かれたから答えただけだ」


「もう少し困りなさいよ」


「お前が十分困ってるからな」


「やっぱり楽しんでるでしょう?」


「少しな」


あっさり認められ、リズナはますます頬を赤くした。


ネフィラは声を抑えながら笑っている。


父だけは真剣な顔を崩さなかった。




「リズナを、ガリオールへ連れていくつもりか?」


問いを聞いたミテイが、ゼラスへ訳す。


ゼラスはすぐに首を横へ振った。


「俺が連れていくんじゃない」


父の目が僅かに細くなる。


「リズナが行くと決めたなら、一緒に帰る」


ミテイがそのまま伝える。


リズナも父へ向き直った。


「地下蔵でも話したけど、あたしはガリオールへ行くわ」


「いつだ?」


「すぐじゃない」


リズナは寝台の母を見る。


「母さんが戻ったばかりだもの。身体が落ち着くまでは、ここにいる」


ネフィラが娘の手を取った。


「私のために残らなくてもいいのよ」


「母さんのためだけじゃないわ」


リズナはその手を握り返す。


「百年以上分の話を聞きたいし、あたしの話もしたいの」


「百年以上分となると、長そうね」


「途中で眠っても、起きたら続きから話すわ」


「逃がしてくれないのね」


「今度はね」


ネフィラは目を細め、静かに頷いた。




父はゼラスへ視線を戻した。


「娘の意思を尊重するというのなら、止めはしない」


ミテイの通訳を聞き、ゼラスも頷く。


「そのつもりだ」


「だが、一つだけ覚えておいてもらいたい。


リズナは、何でも一人で抱え込む」


「父さん」


「間違ってはいないだろう」


リズナは反論しかけたが、口を閉じた。


ゼラスはそんな彼女を横目で見る。


「知ってる」


「ちょっと」


「自分で何とかできると思って、黙って突っ込む」


「あんたにだけは言われたくないわ」


「ああ。俺も似たようなものだな」


「認めるのね」


「否定できん」


父は二人をしばらく見つめた。


やがて、僅かに肩の力を抜く。


「なら、片方が無茶をした時は、もう片方が止めてくれ」


ミテイが訳す。


ゼラスはリズナを見た。


「止めても行くだろ」


「それもあんたでしょう?」


「なら、一緒に行けばいい」


「……結局、止める気ないじゃない」


「一人で行かせないだけましだろ」


リズナは呆れたように息を吐く。


それでも、その口元には笑みが残っていた。




ネフィラが成人姿のゼラスを眺める。


「それだけ娘を大切に思ってくださっているなら、アスタリア語も覚えてもらわないとね」


リズナが嫌な予感に目を細めた。


「母さん、何を言うつもり?」


「この先も家族で話すたび、ミテイさんに通訳をお願いするわけにはいかないでしょう?」


「この先って、どの先よ」


「いろいろよ」


ミテイがゼラスへ訳した。


『ネフィラは、この先も家族と話すなら、アスタリア語を覚える必要があると言っている』


「話が早いな」


「まともに受け取らなくていいからね?」


「覚えて困るものでもないだろ」


「え?」


ゼラスはネフィラへ顔を向けた。


言葉は通じない。


それでも、軽く頷いてみせる。


「教えてくれるなら覚える」


ミテイが伝えると、ネフィラは嬉しそうに笑った。


「喜んで」


父も黙って頷く。


リズナだけが三人を順番に見回した。


「ちょっと待って。


あたしを置いて話を進めてない?」


「通訳しなくて済むようになるんだろ?」


「そういう問題じゃないのよ」


「難しいな」


「絶対分かってて言ってるでしょう?」


ゼラスが笑う。


その表情を見て、リズナも最後には諦めたように息を吐いた。




扉の外から、控えめに音がした。


使用人が入室し、一通の封書を父へ差し出す。


封には、風導院の紋章が刻まれていた。


差出人はセレイナ。


父が内容を読み、リズナへ渡す。


「王都で、地下記録の公開を始めるそうよ」


リズナの表情が引き締まる。


「明日、中央広場で説明を行う。


風の器として記録された当事者にも、証言を求めたいって」


ネフィラが身を起こそうとした。


リズナがすぐに肩を支える。


「母さんは駄目よ。まだ動けないでしょう」


「でも、私が話さなければ――」


「あたしが行くわ」


リズナは封書を握り、ゼラスを見る。


「一緒に来てくれる?」


ゼラスは成人姿のまま、僅かに眉を上げた。


「今さら聞くのか?」


リズナは一瞬目を丸くし、それから柔らかく笑った。


「そうだったわね」

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