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千年魔族は少年の姿で旅をする  作者: ポボンゴ
第二章 外側の門編
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第十二話 重なる門



報告を受けた三人は、研究区画を出て禁書庫へ引き返した。


先ほど通った廊下を、今度は兵士たちが先導する。


リュミエラの歩調は速い。


その表情からは、普段の柔らかさが消えていた。


「石板に変化が現れたのは、いつ?」


「皆様が第三区画を退出されてから、間もなくです」


先頭を歩く兵士が答える。


「監視術式が異常を検知したため、記録を確認しました。

その時点では、すでに門のような模様が浮かび上がっていました」


「魔力の増加は?」


「僅かに確認されています。

ただし、封印術式に損傷はありません」


「区画内へ入った者は?」


「おりません。

第一席の許可を待ち、監視のみを続けています」


「適切な判断よ」


リュミエラは短く答えた。


禁書庫の巨大な扉が見えてくる。


だが、リュミエラはその前を通り過ぎ、隣接する小部屋へ入った。


中には、壁一面を覆う大きな魔導板が設置されている。


禁書庫内の各区画を監視するための部屋らしい。


複数の兵士が並ぶ中、中央の魔導板には第三区画の映像が映し出されていた。


暗い書庫。


高く並ぶ棚。


その中央に置かれた、黒い箱。


箱を覆う紫色の封印は、今も崩れていない。


しかし、蓋の表面には先ほどまでなかった白い線が浮かんでいた。


線は幾重もの円を描き、その中央で門の形を作っている。


禁書庫で見た石板の術式に似ていた。


だが、同じものではない。


外側へ広がっていた線が、今度は中心へ向かって集まっている。


「確かに、内側から押し開こうとしているように見えるな」


ゼラスが魔導板を見ながら言った。


「見た目だけで判断しないで」


リュミエラは魔導板の前へ立ち、記録の一部を拡大した。


「術式の流れを確認するわ」


白い線の上に、魔力が流れる方向を示す細かな光が浮かび上がる。


それらは外周から中央へ集まり、門の輪郭を巡った後、再び外側へ戻っていた。


「循環してる?」


リズナが尋ねる。


「ええ、今のところ外部から魔力が流れ込んでいる形跡はないわ」


「なら、石板に残っていた魔力だけで動いているのか?」


「その可能性が高いわね」


リュミエラは別の記録を呼び出した。


石板が発光し始めた瞬間から、現在までの変化が早送りで映し出される。


最初は一本の白い線だった。


それが少しずつ枝分かれし、円を描き、やがて門の形へ変わっている。


「さっきの声と関係があるんでしょうか」


リズナが尋ねると、リュミエラはすぐには答えなかった。


「無関係とは考えにくいわ。

けれど、この模様が何を目的としているのかまでは断定できない」


「標定が終わったから、次の処理に移ったんじゃないか?」


ゼラスの言葉に、リュミエラの指が止まる。


「私も、それを疑っているわ」


「次の処理って?」


リズナは二人を見た。


リュミエラが魔導板へ新たな術式を重ねる。


表示されたのは、先ほど研究室で確認した白い記号だった。


標定を示す印。


それを石板の門へ重ねると、幾つかの線が一致した。


「標定は、門を開く前の準備にすぎないの」


リュミエラの声は静かだった。


「位置を見つけ、目印を付ける。

その後で、門を開くための術式が組み上がる」


リズナは魔導板に映る白い門を見つめた。


「では、これは……」


「開門の準備かもしれないわ」


監視室の空気が張り詰める。


リュミエラは兵士たちへ向き直った。


「第三区画の封鎖を継続。

封印術式の出力を二段階引き上げて」


「承知しました」


「ただし、石板へ直接干渉しては駄目よ。

魔力を流し込めば、術式の完成を早める可能性がある」


兵士たちが一斉に動き始める。


壁の魔導板に表示されていた封印値が、ゆっくりと上昇していった。


リズナは目を閉じ、石板が置かれた方向へ意識を向ける。


厚い壁と封印に遮られ、禁書庫の中へ直接風を伸ばすことはできない。


それでも、先ほど自分を探るように触れてきた流れの残りが、どこかにないか確かめようとした。


「何か感じるか?」


ゼラスが尋ねる。


「今は何も。

石板から風が出ている感じもない」


リズナは目を開いた。


「でも、変なの。

さっきは確かに、向こうから風が吹いてきた」


「石板の中から?」


「そう感じた。

あれが本当に外側から来た風なら……」


言葉にした途端、胸の奥が重くなる。


外側と呼ばれる、世界の向こう。


そこから流れ込んだ風が、自分とゼラスを探り当てた。


リュミエラは魔導板の白い門を見ながら、考え込んでいた。


「風が通ったのなら、境界が完全に閉じていたとは言い切れないわね」


「もう門が開いていたってことですか?」


「いいえ、少なくとも人や物が通れる状態ではなかったはずよ。

針の先ほどの穴でも、魔力や情報だけなら通る可能性がある」


「それで、私たちを見つけた……」


リズナは腰の風晶石へ触れた。


結晶は静かなままだった。


だが、静かだからこそ、次にいつ反応するのか分からない。


その時、監視室の奥で別の魔導板が強く明滅した。


通信を担当していた兵士が、すぐに振り返る。


「第一席、黒森監視砦から緊急通信です」


リュミエラの表情が変わった。


「つないで」


魔導板の映像が切り替わる。


紫がかった光の向こうに、カレナの姿が浮かび上がった。


通信映像は僅かに乱れ、背後では兵士たちが慌ただしく動いている。


『第一席、黒森監視砦より報告いたします』


「状況を」


『黒風の森西部にある転移遺構が、再び起動しました』


リズナは息を呑んだ。


リュミエラが鋭く尋ねる。


「術式の形状は確認できる?」


『はい。

監視部隊から送られた映像を転送します』


通信画面の横に、黒風の森の映像が現れた。


木々に囲まれた古い遺構。


崩れた石柱の間で、地面に刻まれた術式が白く光っている。


幾重もの円。


中央に描かれた門。


禁書庫の黒い箱に浮かんだものと、よく似た形だった。


リュミエラが二つの映像を並べる。


線の細部には違いがある。


だが、魔力が巡る方向は一致していた。


「同じ術式か?」


ゼラスが尋ねる。


「完全に同じではないわ」


リュミエラは二つの門を見比べる。


「禁書庫の石板は、外から何かを受け取ろうとしている。

森の遺構は、その逆ね」


「逆?」


リズナが聞き返す。


リュミエラの指先が、黒風の森に浮かぶ白い門を示した。


「こちらから、向こうへつなごうとしている」


『第一席』


カレナの声が割り込む。


『遺構周辺で、風の流れにも異常が発生しています。

監視部隊が接近を試みましたが、押し戻されました』


「負傷者は?」


『おりません。

現在は距離を取り、周辺を封鎖しています』


「そのまま待機させて。

絶対に術式へ触れさせないで」


『承知しました』


リュミエラは通信を維持したまま、ゼラスへ視線を向けた。


「石板と森の遺構が、同時に門を作り始めた」


「ああ。」


「偶然とは考えられないわ」


「戻るしかないな」


ゼラスは迷わず答えた。


リズナも一歩前へ出る。


「私も行きます」


リュミエラの視線がリズナへ向いた。


「危険よ」


「分かっています。

でも、あの遺構は私がアスタリアから来たことと関係しています」


リズナは風晶石を握った。


「それに、風の異常なら、私が一番詳しく調べられます」


リュミエラはしばらくリズナを見つめた。


止めるべきか、連れていくべきかを量っているようだった。


やがて、軍人としての硬い表情で告げる。


「分かったわ。

ただし、現場では私とゼラスの指示に従って」


「はい」


リュミエラは通信の向こうにいるカレナへ向き直った。


「これからそちらへ向かうわ。

到着するまで、遺構の監視だけを続けて」


『第一席自ら、ですか?』


「ええ、禁書庫でも同じ異常が発生しているの。

これは黒風の森だけの問題ではないわ」


『承知しました。

着陸地点を確保しておきます』


通信が切れる。


監視室の魔導板には、二つの白い門だけが残った。


遠く離れた場所にあるはずの二つの術式が、同じ速さで光を強めている。


まるで互いの存在を確かめ合うように。


ゼラスが白い門を見据えた。


「開くまで、どれくらいある?」


「分からないわ」


リュミエラは即答した。


「数時間かもしれない。

それとも、もう始まっているのかもしれない」


その直後、黒風の森に浮かぶ門の中央へ、細い亀裂が走った。


白い光の向こうに、一瞬だけ深い暗闇が見えた。

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