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千年魔族は少年の姿で旅をする  作者: ポボンゴ
第二章 外側の門編
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第十話 白い声



――見つけた。


その言葉が頭の内側へ落ちた直後、石板から伸びていた白い光が大きく揺れた。


一本はリズナの風晶石へ。


もう一本は、ゼラスが構えるレイスウィザードへ向かう。


「離れて!」


リュミエラが鋭く告げる。


リズナは床を蹴り、風をまとって後方へ跳んだ。


その動きを追うように、白い糸が空中で向きを変える。


「追ってくる……!」


ゼラスが鞘を払った。


黒い刀身が露わになる。


光を反射することなく、周囲の明るさだけを薄く奪っているような剣だった。


ゼラスが振るう。


刃と触れた白い糸が、音もなく断ち切られた。


だが、切断された先端は消えない。


空中で細かく震えながら、再び一つにつながろうとしている。


「物質じゃないな」


ゼラスはそう言うと、刃へ魔力を流した。


刀身に刻まれた銀色の術式が淡く輝く。


もう一度、白い糸を切り払う。


今度は断面から黒い火花が散り、光の先端が霧のように崩れた。


石板全体が激しく明滅する。


閉じ込められていた何かが、こちらへ手を伸ばそうとしている。


リズナには、そう見えた。


「封印を戻すわ!」


リュミエラが両手を広げる。


紫色の術式が幾重にも展開され、石板を取り囲んだ。


箱の周囲に刻まれた封印回路が、一つずつ起動していく。


白い光がリュミエラの術式へ衝突した。


甲高い音が禁書庫に響く。


「リズナ、風を止めて!」


緊迫した声に、リズナは即座に応じた。


「分かりました!」


石板から吹き出す冷たい風へ意識を集中する。


それは自然の風ではない。


流れも、温度も、魔力の巡り方も不自然だった。


それでも、風の形を取っている以上、動きを遅らせることはできる。


リズナは両手を前へ向けた。


散らばった空気の流れをつかみ、石板の周囲へ押し戻していく。


「戻って……!」


白い風が抵抗する。


指の間から抜け出すように、幾つもの細い流れへ分かれた。


それらがリズナの腕へまとわりつこうとする。


腰の風晶石が強く震えた。


「リズナ!」


ゼラスがリズナの前へ踏み込む。


レイスウィザードの刃が横薙ぎに走り、迫っていた白い風を切り裂いた。


わずかに遅れて、リュミエラの封印術式が石板へ重なる。


一重。


二重。


三重。


白い光が押し潰されるように弱まっていく。


「閉じなさい!」


リュミエラが右手を握り込んだ。


黒い箱の蓋が勢いよく閉じる。


表面を紫色の鎖が走り、幾つもの封印文字が浮かび上がった。


最後に低い振動が一度だけ床を伝い、禁書庫は静寂を取り戻した。


リズナは息を止めたまま、黒い箱を見つめていた。


もう白い光は見えない。


冷たい風も消えている。


それでも、自分たち以外の何かが、この場所に残っているような感覚だけは消えなかった。


「……終わったんですか?」


「反応は止まったわ」


リュミエラは箱へ向けた手を下ろさない。


「少なくとも、今はね」


ゼラスがレイスウィザードの刀身を確認する。


刃には傷一つ付いていなかった。


銀色の術式だけが、脈を打つように弱く明滅している。


「こっちもまだ反応してる」


「すぐには収めないで」


リュミエラは箱から目を離さずに告げた。


「残った魔力の流れを確認するわ」


ゼラスは剣を下げたが、収納魔法へは戻さなかった。


リズナは自分の腕を見る。


白い風に触れられた感覚が、まだ肌の上に残っていた。


傷はない。


魔力を奪われた様子もない。


だが、風晶石の内部では、普段とは違う速さで魔力が巡っている。


「リズナちゃん、体に異常は?」


リュミエラの口調は柔らかさを取り戻していたが、その目は真剣だった。


「痛みはありません。

ただ、風晶石がまだ震えています」


「触れられた感覚は?」


「風で探られたような……」


リズナは言葉を探した。


「いえ、違います。

探られたというより、確かめられた感じです」


「何を?」


ゼラスが尋ねる。


「分からない」


リズナは首を横に振った。


「でも、あの声は偶然聞こえたんじゃない。

私たちを見つけて、言ったんだと思う」


ゼラスは黒い箱へ視線を向けた。


「俺たち、か」


「二人に別々の反応を示していたわね」


リュミエラが答える。


「リズナちゃんの風晶石と、レイスウィザード。

石板は最初から、その二つを探していたように見えた」


「この剣の回路が似てるからじゃないのか?」


「それだけなら、声まで発生する理由がないわ」


リュミエラはゼラスが持つ剣へ近づいた。


刀身と鞘に刻まれた術式を、触れずに目で追っていく。


「レイスウィザードには、古代術式を参考にした回路を幾つか使っている。

けれど、外側の門を再現するために組み込んだものではないわ」


「なら、どうして反応したんですか?」


リズナが尋ねる。


「今の段階では分からない」


リュミエラははっきりと答えた。


「似た構造を持っていたからかもしれない。

剣に蓄積されたゼラスの魔力へ反応した可能性もある。

リズナちゃんの場合は、風晶石そのものではなく、あなたの魔力を識別したのかもしれないわ」


「全部、可能性か」


「無責任な断定をするよりましでしょう?」


「それはそうだな」


リュミエラはレイスウィザードの刀身を眺めた後、ほんの一瞬だけ言葉を止めた。


視線が、柄に近い術式の一部へ向けられている。


「どうした?」


ゼラスが尋ねる。


「……いいえ。」


リュミエラは静かに首を振った。


「ここでは詳しく調べられないわ。

石板へ再び影響を与える可能性があるもの」


「研究室へ持っていくのか?」


「石板は動かさない。

レイスウィザードと、リズナちゃんの風晶石を調べるわ」


リズナは思わず腰へ手を添えた。


「風晶石を外す必要がありますか?」


「無理に外すつもりはないわ。

まずは装着したまま、魔力の状態を確認するだけよ」


リュミエラは安心させるように微笑んだ。


「嫌なことはしないわ。

事前にきちんと説明するから」


「分かりました」


ゼラスがレイスウィザードを鞘へ戻した。


金属音が小さく響く。


その瞬間、封印された黒い箱の奥から、かすかな振動が返ってきた。


三人の視線が同時に箱へ向く。


封印文字に異常はない。


紫色の鎖も崩れていない。


「今のは?」


リズナが声を落とす。


「封印は維持されているわ」


リュミエラは警戒を解かないまま答えた。


ゼラスが箱へ一歩近づく。


「なら、中のものが動いただけか」


「簡単に言わないでちょうだい」


「事実だろ」


再び、箱の中から小さな音がした。


爪の先で、内側から蓋をなぞるような音だった。


リズナの喉が無意識に固くなる。


リュミエラは箱へ新たな封印を重ねた。


「ここを出るわ。

詳しい確認は、監視記録を回収してからにしましょう」


三人は来た道を戻り始めた。


リズナは一度だけ振り返る。


暗い棚の中央で、黒い箱は何事もなかったように静まり返っていた。


だが、扉へ向かって歩き出した直後。


封印された石板の表面に、誰にも見えない白い線が一本だけ浮かび上がった。



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