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千年魔族は少年の姿で旅をする  作者: ポボンゴ
第二章 外側の門編
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第九話 魔剣レイスウィザード



リズナの指先から、ゆっくりと熱が失われていった。


それまでただ暗かった書庫の奥が、何かの潜む深さを帯びたように見える。


本棚の隙間。


魔導灯の届かない影。


封印された箱の中。


何もいないはずなのに、何かが息を潜めているような感覚が消えない。


「入ってきたものが何だったのかは?」


ゼラスが低い声で尋ねる。


「分からないわ」


リュミエラは首を横に振った。


「三度目の実験に参加した者は、一人も戻らなかった」


「戻らなかった?」


リズナが記録紙を見る。


「門の向こうへ消えたということですか?」


「そうではないの」


リュミエラの表情が僅かに曇る。


「施設ごと消えていたのよ」


「施設ごと?」


「門を中心に、建物も、地面も、人がいた痕跡も残らなかった」


リュミエラは石板の中央へ視線を落とした。


「爆発で吹き飛ばされた形ではなかった。

外側へ向かって崩れたわけでもない。

記録には、内側から削り取られたようだったと残されているわ」


リズナの胸の奥が、静かに縮んだ。


「ただ、その場所だけが不自然に白く変色していたそうよ」


白い。


その言葉に、アスタリアの遺跡で見た光が蘇る。


転移術式が起動した時、自分を包み込んだ白い光。


黒風の森で、風の流れに紛れ込んでいた何か。


魔皇城へ入った時に感じた、こちらを探るような気配。


「私が踏んだものも、この門だったんでしょうか」


「まだ断定はできないわ」


リュミエラは即答しなかった。


「大陸間をつなぐ転移術式として再利用された可能性もある。

ただ、アスタリアの遺跡と黒風の森で起きた現象に、この記録と似た部分があるのは確かよ」


ゼラスが石板を見下ろす。


「だから公開記録から外したのか」


「ええ。

下手に再現しようとする者が出れば、何が起きるか分からないもの」


リュミエラは記録紙を箱の脇へ置いた。


「この術式は、目的地を指定して移動するためのものではない。

こちら側と外側の境界を薄くして、穴を開けるためのものよ」


その時、石板に刻まれた文字が微かに白く光った。


三人の誰も、石板には触れていない。


リュミエラが即座に記録紙から手を離す。


「二人とも下がって」


リズナは一歩後ろへ退いた。


白い光が、石板の円に沿ってゆっくりと広がっていく。


まるで、閉じていた瞼が開いていくような動きだった。


ゼラスが目を細める。


「これまでにも反応したことはあるのか?」


「いいえ。

保管記録にも、発光したという報告はないわ」


リュミエラは石板から距離を取り、その魔力を慎重に探る。


白い光は、リズナの立つ方向へ僅かに伸びていた。


細い糸のような光が、空中を漂っている。


その先端が、腰の風晶石へ近づいてくる。


リズナは反射的に後ろへ下がった。


同時に、ゼラスが二人の間へ腕を差し出す。


白い糸の動きが止まった。


今度は、ゼラスの周囲を探るようにゆっくりと揺れ始める。


リュミエラの視線がゼラスへ向いた。


「今、収納の中で反応しているものはある?」


ゼラスは僅かに眉を寄せた。


「一つだけある」


「確認させて」


「ここで出すのか?」


「石板との関係を確かめたいの。

封印は私が維持するわ」


ゼラスは石板を見つめたまま、しばらく動かなかった。


やがて右手を前へ出す。


空間が小さく歪み、黒い裂け目が開いた。


ゼラスはその中へ手を入れ、一本の剣を引き出した。


鞘に収められた黒い長剣。


華美な装飾はない。


だが、鞘の表面には細い銀色の術式が走り、その奥から冷たい魔力が静かに漏れている。


リズナは息を呑んだ。


黒風の森でゼラスが使っていた市販の剣とは、明らかに違う。


ただそこにあるだけで、周囲の空気が重くなったように感じられた。


「その剣は……?」


ゼラスは鞘を握ったまま答えた。


「魔剣レイスウィザード」


その名が告げられた瞬間、石板の白い光が一段強くなった。


鞘に刻まれた銀色の術式も、それに呼応するように淡く輝く。


リュミエラの表情が変わった。


驚きというより、疑っていたものが形になったような顔だった。


「やはり、共通する回路があるわ」


「レイスウィザードと、外側の門にか?」


「一部だけよ。

でも、偶然に一致するような構造ではないわね」


リズナはリュミエラを見る。


「この剣のことを、知っているんですか?」


「ええ。」


リュミエラは石板から視線を外さなかった。


僅かな間を置いて、静かに続ける。


「私が作った剣よ」


リズナは、レイスウィザードとリュミエラを交互に見た。


ゼラスが持つ剣。


それを作ったのが、目の前にいる魔皇軍第一席。


二人の間に、自分の知らない長い過去があることを、改めて思い知らされる。


だが、今はそれを尋ねる場面ではなかった。


石板の白い光が、さらに広がっている。


門を描いた円の中央に、見慣れない文字が一つずつ浮かび上がった。


リュミエラが古代文字を読み取ろうと目を細める。


「これは……」


禁書庫の空気が、僅かに揺れた。


風のないはずの地下で、リズナの赤い髪が静かに動く。


冷たい風が、石板の中から吹き出していた。


それは空気の流れというより、どこか別の場所から細い隙間を通って入り込んでくる息のようだった。


白い光が、リズナの風晶石へ伸びる。


レイスウィザードの鞘が、低く震えた。


そして、誰もいないはずの書庫の奥から、声が聞こえた。


――見つけた。


首筋の産毛が一斉に逆立ち、リズナの呼吸が一拍遅れた。


それは耳で聞いた声ではなかった。


頭の内側へ、直接言葉だけを押し込まれたような感覚だった。


ゼラスは鞘に収めたまま、レイスウィザードを前へ構える。


リュミエラの周囲に、紫色の術式が展開された。


声は、それ以上何も言わなかった。


ただ、石板に浮かんだ白い光だけが、三人を見つめるように静かに揺れていた。


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