その日味わった甘酸っぱさ
読んでいただいてありがとうございます。
クラスメイトの名前も決めました。
ジャスパー→前編で撃沈してうなだれていた彼。
ヴァネッサ→前編で即行で婚約破棄を決めた伯爵令嬢。
ジャスパーのクラスメイトには、王太子の婚約者であるフローレンスや公爵家子息のセドリックなど、わりと上位の貴族家に生まれた者たちがいる。
その中でジャスパーは、伯爵家の次男で婚約者持ちという絶妙な立場にいた。
家は、そこまで古い家柄でもなければ、金持ちの新興貴族でもない。
伯爵家としてそこそこの領地を持ち、堅実に経営する平均的な家の平均的な成績の次男、それが自分自身で思っている姿だ。
友人たちも、そこは否定しない。
華やかなクラスメイトたちから一歩引いてしまう時もあるが、クラス全体の仲は悪くないので、セドリックとも普通に話をするし、友人だとも思っている。
そんなジャスパーは、オリビアの元婚約者が発端の『美しくて儚い恋』という名の浮気騒動に巻き込まれた結果、婚約者がいなくなった。
姿を消したとかではなく、婚約破棄をしたのだ。
しかもこっちから。
「勢いってすごいよなー」
「後悔してるのか?」
セドリックがジャスパーの独り言に反応した。
「いや、全然。さすがに浮気はないわー。俺は奥さんの浮気相手の子供を知らずに育てる気はないよ。っていうかそんなのさ、よっぽど奥さんに似てなきゃすぐバレるだろ」
「髪の色や目の色は先祖にいたから、で誤魔化せるかもしれないが、さすがに顔立ちはな。それに、貴族が誰にも知られることなく浮気が出来るとは思えないな」
「使用人もいるし、見られていないと勝手に思っているだけで、けっこう人目はあるからな」
「だよな。あの二人のことも、下のクラスの子たちが目撃してたらしいぞ」
「そうみたいだな。幸いなことに、あっちのクラスの中に下のクラスの子と婚約している者はいなかったみたいだから、巻き込まれずに済んだな」
「あとは噂話だけが脚色付きで色々と出回るだろうな。こうだったらしい、こう思う、がいつの間にか真実として語られていく。本人たちから遠く離れれば離れるほど、事実とは大きく異なる噂が流れる」
「あぁ、ザカリーたちの方が扱いは酷いだろうな」
「否定しても無駄だろうな。やったことは事実だし」
「『美しくて儚い恋』、か。誰が言い出したのだろうな」
セドリックは婚約者がいないので、『美しくて儚い恋』に直接巻き込まれることはなかった。
オリビアに話を聞いて、緊急クラス会を纏めた内の一人だった。
騒動の中心人物だったオリビアに求婚しようと考えているようだが、今のところ彼女にその気はなさそうだ。
何故なら、セドリックがどんなにがんばろうとも、オリビアの掲げる理想にはほど遠いからだ。
子爵以上の家の次男以下、という条件が、公爵家の嫡男であるセドリックがオリビアの婚約者候補のこの字にも入っていない原因だろう。
ちなみにジャスパーは、その条件にしっかり当てはまる。
その上、同じクラスでそれなりに仲はいい。
今回の騒動で婚約も破棄している気楽な身分のジャスパーは、実はオリビアにとって理想的な存在でもあった。
ただし、ジャスパーはすでに新しい婚約の打診を受けている。
相手は同じクラスの女性で、ジャスパーと同じように、騒動に巻き込まれて婚約破棄をしたばかりの伯爵令嬢ヴァネッサだ。
それはクラス全員が知っている。
何せ、例の緊急クラス会の時に打診されたからだ。
もちろん、順序を守って、まずは婚約破棄からだったのだが。
お互い婚約破棄をして身ぎれいにしてから、改めて婚約の打診をされた。
ジャスパーの父母は、初めこそ婚約破棄にあまり賛成ではなくて、そこまでするのか?という感じだったが、ジャスパーが、子供が生まれても俺の子じゃないかも、的なことを言って、さらに内密にだが次期伯爵に内定している令嬢から婚約の打診を受けた、と伝えると、あっさりと大賛成に回った。
家の利にもなるし、伯爵家同士の繋がりも出来る。
このまま家に残って長男の補佐をするか王宮に働きに出るか、という二択しかなかった次男に、伯爵家に婿入りするというまさかの第三の選択肢が現れたのだ。
それは賛成もするだろう。
「ヴァネッサ嬢とは、どうなったんだ?」
「一応、近々両家で話し合いを持つことになっているけど、うちの家も向こうの家も特に反対はしていない。何せ、お互い浮気非推奨派だからな!」
ここ、重要。
浮気非推奨派という新しい派閥は、急速に勢力を拡大している。
国王陛下が宣言したということもあるが、非推奨派と言っておかないと、家族からの冷たい視線にさらされることになるからだ。
一クラスの理想の恋人たちとやらが、国家級の大事になったのは前代未聞だった。
「ヴァネッサ嬢との相性は悪くないと思ってる。俺は元々、卒業したら兄の補佐になるか文官になって外で働くか、って考えて勉強してたから、ヴァネッサ嬢を支える下準備はすでに済んでいるんだよ」
「なるほど。ヴァネッサ嬢は大当たりを引いたのか」
「そこら辺も含めての婚約だろうよ。別に隠してなかったしな」
「あぁ、確かに。どっちの道にいくか、ということを悩んで叫んでたくらいか」
「……別に叫んでないし。どーしよーって悩んでただけだ」
「はは、ちょっと声が大きかったようだな」
進路についてクラスメイトと話をしていた時に、ちょっと大きな声で悩みを言ってしまっただけだ。
そのせいか、クラスメイトは皆、ジャスパーの悩みを知っている。
「これから先、俺はヴァネッサ嬢を支える存在になるよ。伯爵として忙しくなるヴァネッサ嬢が、快適に過ごせる場を整えていくつもりだよ」
「ちょっと時期は違うが、伯爵家に婿入りする予定だったザカリーと伯爵家への婿入りが決まったジャスパー。言葉だけは似たようなものなのに、ザカリーとジャスパーでは大きく差が付いたな」
「ザカリーと一緒にされるのも嫌だが、確かに言葉だけなら似たようなもんかも。違うのは心構えだな。二番手でいい俺と、自分が主役でいたかったザカリー、といったところか」
「誰かを支えるのは、お前に合っていると思う。実際に俺も、何度か助けてもらったし」
「照れるなぁ」
「とても婚約者のことで落ち込んでいた人物と同じ人物とは思えない」
「そこはもう吹っ切った。正直、あの時はがっつり落ち込んだけどな!」
「ところで、ヴァネッサ嬢には正式に返事をしたのか?」
「あー、まだ、かな」
すでに家同士の話し合いに発展予定だが、ヴァネッサには、いいかも、くらいしか言ってない。
「俺、支えるのは好きだけど、彼女にはちゃんと言いたい」
「そうだな」
「そこは、俺が主役でもいいじゃないか」
ここ数日ヴァネッサとの距離が縮まり、彼女と親しく接するにつれてもっと彼女を好ましく思うようになってきた。
それは、元々あった良き友人としての感情ではない。
男女のそれだ。
「はっきり言って、もう婚約は決まったようなものだけど、そうじゃなくて、俺の気持ちを彼女にちゃんと伝えたい」
「がんばれ」
ジャスパーの言葉にセドリックが笑顔で応援した。
「あら、何の話ですの?」
セドリックとの会話に夢中になっていたら、いつの間にか、ジャスパーの婚約者(仮)のヴァネッサが傍に来ていた。
不意の登場に、ジャスパーが固まった。
「やぁ、ヴァネッサ嬢」
「何か白々しいものを感じますわ、セドリック様」
固まった友人の代わりにヴァネッサに挨拶をしたら、胡散臭そうな目で見られた。
解せない。
「セドリック様はともかく、ジャスパー様をお借りしてもよろしいですか?」
「もちろん。婚約間近な二人の邪魔をするつもりはないよ」
すぐにジャスパーを差し出すと、何故かジャスパーが助けを求めるような目で見てきた。
別に今さっき自分で言ったことを、素直に彼女に言えばいいだけだ。
決心したけど、急にそんな状況に陥るとは思っていなかったとか、もっと心の準備が、とかそういうのはもうどうでもいい。
この機会を逃さないようにしろ。
今、言えるのはそれだけだ。
笑顔で頷くセドリックに、ジャスパーが何かを決意した顔をした。
それでいい。
「ヴァネッサ嬢!」
ジャスパーが、ヴァネッサの前に立った。
決心したことはいいけど、今ここで?
セドリックの心の声に反応するかのように、教室内にいた人間が静かになって二人を見守った。
ジャスパーは忘れているようだが、ここは教室で、ここ数日のドタバタで教師が臨時会議とやらをやることになったため、今は自習の時間だ。
つまり、教室内には全クラスメイトが揃っている。
今までのセドリックとジャスパーの会話は、周りの人間もそれなりの声で話をしていたのでそこに紛れていたが、二人を中心に静かになった今は違う。
ジャスパーがヴァネッサの名を呼んだ声に、誰もが息を呑んだ。
「ヴァネッサ嬢、あなたに言いたいことがあります」
緊張気味のジャスパーの表情に、クラスメイトは、告白?告白をするの?今、ここで?、と他人事ながらどきどきした。
「あら、偶然ですわね。私も言いたいことがありますの」
「ヴァネッサ嬢もですか?」
「えぇ」
ヴァネッサの用件は、きっと婚約のこととか、家同士の話し合いについてだとか、きっとそういうことだろう。
誰もが、そう思った。
「私、あなたのことが好きです」
だから、いつもと変わらない笑顔で言ったヴァネッサの真っ直ぐな言葉に、言われたジャスパーは元より、聞いていたクラスメイトたちの頭も真っ白になった。
「聞こえてますか?」
「はッはい!」
「ですから、私、あなたのことが好きなんです」
「あ、ありがとうございます!」
違う、お礼じゃないぞ、ジャスパー!
言うべきことが違う、すぐに復活したクラスメイトのそんな思いは、残念ながらジャスパーには届かなかった。
「今まではクラスメイトとしての友情みたいなものしかありませんでしたが、婚約者候補として一緒にいる間にあなたの良いところに触れる機会が多くあり、私はあなたのことを異性として好きになりました」
ジャスパー、今だ!お前も告白しろ!
そう思ったクラスメイトが彼の顔を見ると、真っ赤になって口元を片手で覆っていた。
「ジャスパー様が前の婚約者のことを忘れられないのは、仕方がないと思います。私は切り替えることが上手く出来ましたが、誰もがそれを出来るとは思っていません。ですが、私の気持ちを知っておいていただきたくて」
ヴァネッサは周りをくるりと見渡した。
「……私のこの想いは、秘密でも何でもありません。『美しくて儚い恋』という名の秘密に翻弄された私は、こうして皆様の前で言うことに何の恥じらいもございません。恥じて秘密にするような想いではありませんもの」
……ヴァネッサ、素敵……。
きゅん、っとしたのは、女性陣の心だった。
鷲掴みされた心のまま言われた方を見ると、それはもう、見事なまでに顔全体が赤くなっていた。
「ヴァネッサ嬢!俺もあなたのことが好きです!」
言った!ようやく言った!
おっそ、と思ったのは一人だけではない。
「俺もあなたのことが異性として好きです!俺も皆の前で宣言出来ます!俺はヴァネッサ嬢のことが好きです!」
「……あら…」
ヴァネッサが口元に軽く手を当てて、驚いた顔をした。
「元婚約者に想いは残っていません!」
「そうなのですか?」
「はい。ですから、俺たち、両想いです!!」
真っ赤な顔で言い切ったジャスパーに、ヴァネッサは今までで一番いい笑顔を向けた。
「……甘酸っぱいなぁ、このヤロー」
誰かのそんなつぶやきは、二人の耳には届かなかった。




