可哀想な息子
読んでいただいてありがとうございます。
電子書籍化に伴い、家名をつけました。
窓の外はとても良い天気で、明るくて暖かな空気が漂っているというのに、部屋の中の空気は重く、窓から日が差しているというのにどうしようもなく暗い。
部屋の中にいたのは男女三人。
男二人に女一人。
ベインズ子爵夫妻とその長男のドリー。
ザカリーの両親と兄だった。
ベインズ子爵が、今にも泣き出しそうな妻の方を見た。
「……どうして、ザカリーを外に出したんだ?」
「あ、あなた、ごめんなさい。まさかこんな話だったなんて思ってもみなくて……」
「思ってもみなくても、私が外出するなと言ったら守るべきだろう。お前もあいつも!」
「ごめんなさい。だって、あの子が可哀想で……」
「可哀想とは何だ?ザカリーのどこが可哀想なんだ?」
妻が二番目の息子に甘いのは分かっていた。
長男は子爵位を継ぐために、幼い頃から努力を続けていた。
確かに学園での成績はそこそこだったが、不思議と人に好かれる長男の友人には、公爵家の方も侯爵家の方もいる。多くの貴族との人脈を持つ長男に不足を感じることはない。
ただ、幼い頃から子爵になるという自覚を持っていたせいか、両親に甘えるような子供ではなかった。
そんな長男とは正反対に、小さな頃から甘えるのが上手かったのが次男だ。
そのせいか、妻の子供に対する愛情は、自立していた長男よりも甘えてくる次男に偏っていっていた。
ドリーは特に気にしていないようだったが、子爵は何度か注意をした。
それはザカリーのためにならない、と。
注意した時に妻は分かったと言うが、結局は元通りになって次男を甘やかしていた。
「あなたが婿入り条件の婚約を決めてきたから、あの子は卒業したら自由がなくなってしまうわ。それが可哀想で……。今のうちに自由を満喫させてあげたかったのよ」
「自由?自由とは婚約者がいる身でありながら、別の恋人を作ることではない」
「ダンヴィル伯爵家に行ってしまったら、あの子の自由はなくなってしまうわ。これから先ずっと、そんな可哀想な人生を送ることになるのよ。今の間だけでもあの子の思う通りにさせてあげたいと思うのが、親というものでしょう?」
必死にザカリーが可哀想だから、婿入りしたらあの子は自由を奪われる、そう訴える妻に子爵はため息を吐いた。
「そう思っていたのなら、なぜ、婚約をした最初の時に反対しなかった。向こうは別にザカリーでなくてもよかったんだぞ」
「だって、あなたが事業で必要だとおっしゃったから」
「確かにザカリーが婚約者だったから話がスムーズにいったところはある。けれど、あの家とは別に婚約など関係なく、仕事の話をすることは出来る。お前やザカリー本人が反対していたら、無理矢理婚約する必要はなかったんだ」
「そんな……でも、もし婚約しなかったら、ザカリーが伯爵家に入れなくなるところだったじゃない」
「矛盾したことを言うな!なぜザカリーの自由がなくなる、可哀想だと言いながら、ザカリーが伯爵家に入れなくなると困るというような言い方をするのだ!」
「……だって、あの子は優秀だから……。ドリーが子爵家を継ぐのよ。だったらドリーより優秀なザカリーは伯爵に……」
「入り婿だ!伯爵になるわけではない!もしなれたとしてもそれは単なる中継ぎで、何の権限もない!伯爵家の正当な跡取りはオリビア嬢だ」
「オ、オリビアさんには話をすれば……。あの子だって分かってくれるはずよ。だって、ザカリーは優秀な子なんだもの」
妻の妄想から出る言葉に、子爵はどっと疲れを感じた。
どこの家が、入り婿を正当な伯爵として認めるというのか。
正当な伯爵はオリビア嬢。そして、その血を継ぐ子供だ。
もしオリビア嬢が子供を生まずに亡くなったとしても、その時はダンヴィル伯爵家の分家から当主を迎えることになるだろう。
ザカリーが伯爵家の正当な当主になる余地など一切ない。
そして、それをやってしまえば、ベインズ子爵家によるダンヴィル伯爵家の乗っ取りと認定され、王家から罰が下るだろう。
それさえも理解していない妻に、子爵はこの年齢で初めて真剣に離婚を考えた。
しかし、それはさすがに妻を野放しにしてしまうことになるので、近々、領地に送ろうと考えた。
領地に送ったら、よほどのことがない限り王都には戻さないつもりだ。
「……父上、母上」
「ドリー」
今まで黙って聞いていた長男の声に、妻が嬉しそうな反応を返した。
自分の味方をしてくれるとでも思っているのか。
「婚約破棄はもう成りました。その事実は変えられません。ですが、まずは学園での事実を確認しましょう。ザカリーが本当にダンヴィル令嬢が言う通りのことをしていたのか、父上も母上も知り合いの方に聞いてください。もちろん、私も友人に話を聞いてきます。友人の中には弟妹がザカリーと同じ年齢の者もいますから、詳しく知っている者もいるでしょう。父上はともかく、母上は必ず侍女を連れて行ってください」
「どうして?話だけなら私が聞いてくるわ」
「後で確認するためです。母上がもし動揺して話を覚えていなくても、侍女が聞いています。後でどうだったか聞くことが出来るので」
「まぁ、私、動揺なんて……」
「する可能性があります。父上、いいですね?」
「あぁ。お前は必ず侍女を連れて行け」
ドリーが言った理由が、表向きなのは子爵にも分かった。
妻が友人から聞いた話を、ザカリーと自分に都合良くねじ曲げる可能性があるからだ。
事実が、妻の中だけの真実にすり替わる。
ザカリーの恋人とやらを、擁護されても困る。
妻は、ザカリーが契約を守らなかったという事実を、綺麗な言葉で纏めようとするだろう。
それは許されることではないのに、気付かないふりをさせるわけにはいかない。
それなら最初から妻を行かせないければいいと思うのだが、妻はザカリーのことに自分が関われないことを嫌う。
家族がザカリーについて厳しく言っても聞き流すだけだ。
けれど、常に他人から見えるザカリーの評価を気にしている。
今の妻には、他の人からの言葉の方が聞き入れやすいだろう。
「ザカリーにも話を聞かないと。その、恋人だというお嬢さんにも」
「いいえ、母上。ザカリーには何も言わないでください。少なくとも今日は」
「どうして?」
「もし、ダンヴィル伯爵の言っていることが間違っていたらどうするんですか?家族が信じてくれなかった、という風に思うかもしれません。いたずらにザカリーの心を不安にさせることはありません」
「そ、そうよね。やっぱりドリーは弟思いなのね」
違う。ドリーは、下手にザカリーに言って話が今すぐ拗れるのを防ぎたいだけだ。
事実の確認をして、ザカリーが言い訳できないようにしたいだけだ。
今のままなら、妻は確実にザカリーの味方になる。
家族が対立して、子爵家が二つに割れるのを防ぎたいのだ。
そして、外に対して子爵家が揉めている姿を見せたくないのだろう。
当主と次期当主が同じ意見なのだから、本当ならこちらの方に分がある。
だが、妻には妻同士の交流があり、そこから話が大きく食い違いを見せてもめると、子爵家の力を落とすことにもなってしまう。噂話だけで、今、他家と共同で行っている事業が潰れてしまう。
妻に侍女を付けるのは、話がねじ曲がらないようにということと、いざと言う時、強制的に妻を連れ帰らせるためだ。そうなると、男性も付けた方がよさそうだ。
「執事も連れて行け」
「あなた?」
「そうですね。その方がよさそうですね」
妻は疑問しか浮かんでいないが、ドリーはすぐに気が付いたようだ。
我が家にずっと仕え続けてくれている執事なら、適切な判断が出来るだろう。
妻が失態を演じる前に、連れ戻してくれる。
子爵は、ドリーを伯爵家に送るべきだったか、と後悔しかけたが、そうなったら今度は子爵家の方が潰れていたかもしれない、と思った。
学園での成績も大切だ。だが当主ともなれば、それ以外の部分も大切なのだ。
子爵がドリーに視線を向けると、ドリーは軽く頷いたのだった。
自分で書いたのですが、読み直したら前の話の五番目と六番目の女子の会話がじりじりツボにはまってきました。
何とかして電子書籍に入れ込みたい気持ちが湧いてきちゃった……。
その後のザカリーとオリビアのクラスメイトの話でリクエストはコンプリートすると思うのですが、もし抜けていたら教えてください。




