カフェテリアでのこそこそ話
読んでいただいてありがとうございます。皆様のおかげで電子書籍化することが決まりました。
詳細はまたお知らせいたします。
おまけも時系列ごとに入れ込んで、思いっきり加筆しますので、電子書籍が発売された際にはよろしくお願いします。
昼休みにいつも通りにカフェテリアにきた二学年の生徒は、その一角にどよんとした空気が漂っていることに気が付いた。
「ねぇ、あそこって、三学年の人たちよね?」
「う、うん。そうだと思うけど、何か空気感にすごい差がある気が……?」
「やっぱりそう思う?」
「あんなにあからさまなのはすごいよね」
「あらあら、ああいう人たちと遊びたいわ」
「遊びたい?あの人たちで遊ぶのは止めて」
六人ほどの集団で来た二学年の女子生徒が、三学年の方を見てこそこそと話し始めた。
きちんと決まっているわけではないが、学園のカフェテリアは大まかに、一学年、二学年、三学年でだいたい座る席が決まっている。
その三学年が多く座っている席の一角にいる人たちだけ、ものすごく澱んでいるのだ。
けれど、その席よりちょっと離れた場所にいる三学年の人たちは、ものすごく晴れやかな顔をしている。
そう、まるでテストで最下位を取った人と一位を取った人くらい差がある。ちょっと集団だけど。
「何があったのかしら?」
「分からないわ」
女子生徒たちの疑問は、周りにいた生徒たちの疑問でもあった。
ただ、先に来ていた生徒たちはその空気に呑まれて何も言えずにいたのだが、後からきた女子生徒たちは空気に呑まれることなく話が出来ている。
ある意味、すごいと聞き耳を立てながら周りの者たちは感心していた。
「あら?」
「どうしたの?お知り合いでも?」
その中の一人が、晴れやかな顔をしている集団を見て何かに気付いた。
「違うわよ。晴れやかな方に、王太子殿下の婚約者の方がいらっしゃらない?」
「あら、本当ね。あの方はフローレンス様だわ」
「相変わらずお美しいわ」
「憧れるわよね。所作も完璧ですもの」
「どれだけの男の方が、あの方の足下にはいるのかしら」
「部下の方よ。イスにはならないわ」
にこやかな笑顔で友人たちと談笑しているのは、王太子の婚約者で公爵令嬢でもあるフローレンス。
男女問わず、慕っている者は多い。
彼女たちが憧れるのも分かる。けど、イスって何だ?
「フローレンス様が一緒にいらっしゃるということは、あちらは東の棟の方かしら」
「でしたら、よどんだ方はそれ以外の方?」
「あ!」
「どうしたの?」
先ほどフローレンスを発見した女性が、また小さく声を上げた。
「い、いえ。その、知り合いの令息がいらっしゃったので、つい声を出してしまいましたわ」
「あら、それはどちらに?」
「よどんだ方ですわ」
「どういったお知り合いなのかしら?」
「それほど親しくはありませんわ。従姉の婚約者でしたの」
「……でした?」
すでに過去形。貴族の婚約など、よほどのことがなければ解消されたりしない。
まして、彼女の従姉は三学年。
早い人なら、学園を卒業してすぐに結婚するということもあり得る年齢だ。
それなのに、過去形。
となると、よほど前に何らかの理由で解消されたのか……。
何となく話が聞こえていた周りの人間は、勝手にそんな推察を始めた。
「ま、まあ、従姉様の婚約者だったとしても、婚約を解消されてから長いのでしたら、それほどお付き合いはないですわね」
「いいえ。解消されたのは、つい先日のことだそうですわ」
「えぇぇぇ」
女子生徒は、言い辛そうに話しだした。
「何でもクラスで問題を起こされたとかで、従姉から婚約解消したみたいよ」
「それは、とても勇気がある方ですわね」
「従姉は伯爵家を継ぐことになっているから、変な思考を持っている方は受け入れられないとか何とか……」
「変な思考?それって、何ですの?」
「伯爵家を継がれるのですもの。思考は重要ですわね」
「考えが合わない夫婦は、上手くいかないものですわ」
「変な思考?それって、昼間向きですの?それとも夜?」
「おかしなことを言わないで。昼と夜って何よ」
「うふふふ、初心なふりをしているの?」
「分かりたくもないのよ」
さっきから端っこの方でおかしな会話が聞こえるけれど、無視しておこう。
まだ子供の自分たちに、昼だの夜だのの話は早い。
興味はあるけど!
「ん、んん」
一人がわざとらしくそんな声を出すと、他の女子生徒たちがそちらを向いた。
「秘密なんだけど」
「何?」
「何かしら?」
秘密と言われると、何だかワクワクする。
すでに聞き耳を立てているのも秘密だけど。
「どうも、浮気、したみたいよ」
「え?」
「え?」
「えぇぇ」
「あら、本当に夜の方でしたの?」
「あなたは黙っていて」
「婚約者持ちの方が、別に恋人を作ったそうよ」
「信じられない、不潔だわ」
「不誠実ね」
「婚約を何だと思っていらっしゃるのかしら?家と家との契約なのに、それを守らないなんて……」
「学生のうちにそこを開眼なさるなんて、すごいですわね」
「言い方。元々の性質かもしれないじゃない」
女子生徒たちは最初こそ小さな声で話をしていたが、ちょっとずつ声が大きくなっていて、聞き耳を立てている生徒はけっこうな数になっていた。
「秘密と言われたけれど、さすがに三学年の方は全員、知ってそうですわよね」
「浮気を学園の中で堂々となさっていたみたいよ」
「堂々と?学園内ではいつ誰が見ているか分からないから、節度を持って生活しましょう、と教えられているのに?」
「見せびらかしたかったのかしら?」
「露出の趣味も?」
「さすがに服は着てるわよ」
がんばれ!その子を封じろ!
こそっと聞き耳を立てていた生徒たちが、最後の子にエールをおくった。
「浮気、浮気ねぇ……。そうだわ、あれがそうだったのかも」
「心当たりが?」
「えぇ、裏に小さな庭があるのをご存じかしら?」
「行ったことはないけれど。あるのは知っているわ」
「あそこ、裏庭って言われているから、見えないと思っている方が多いですけど、案外目立つ場所なんですよね」
「知っているわ。だってあそこ、罠って言われてるじゃない」
「罠といえば、縄もあるのかしら」
「しりとりみたいだけど、縄はないわよ。物理的な罠じゃないから」
しりとり……そうか、次からは罠と言われたら縄と言おう。
聞き耳が妙なことに役立ちそうだ。
でも、しりとりをする機会はほとんどない。
周りの人間の思考回路をちょいちょい突きながらも、女子生徒たちの会話は止まらない。
「ほら、あそこで二人っきりの世界を創り出していた二人がいたじゃない。その方々が主役だったみたいよ」
「それ、私の従姉の婚約者ではなかったわ。なら、どうして従姉まで婚約破棄したのかしら?」
「そうね。やったのはあくまでもそのお二人なのでしょう?」
「あの二人、婚約者じゃなかったの?」
「寝取り?寝取られ?」
「せめて、略奪」
……えーっと、どっちに婚約者がいたんだろう……。
男性に婚約者がいたのなら、女性の方が寝取……じゃなくて、略奪したのかな?
それとも、女性の方に婚約者がいたのなら、男性が略奪したのかな?
「男性の方に婚約者がいたんですって」
「女性の方は、そのことを知っていたの?」
「もちろん。二人とも、それを知っていて恋人になったみたいよ」
「いやね。二人の女性に愛される俺、というやつをやりたかったのかしら?」
「どちらの女性に対しても不誠実ですわ」
「婚約者がいながら恋人を作ろうという精神が理解出来ないわ」
「まさか、三人で」
「それ以上はダメよ」
よく止めた。
内心で拍手を送っていたら、いつの間にか昼休みもあと少しという時間になっていた。
晴れやかな顔の三学年の生徒たちが席を立ち出入り口に行くのを、どよんとした三学年の生徒たちが目で追っていた。
「あら、行ってしまわれたわ」
「私たちも行かないと。もうすぐ授業の時間よ」
「学年が違うと、情報がちょっと少ないわよね。私たち、まだまだだわ」
「そうね。もう少し情報収集能力を身に付けないとね。でもあの方たち、すごい目であちらを見てるわよ」
「本当ね。あんな風に親に縋るような目で見ているなんて、もしやそちらの趣味が?あか……」
「もっとダメ。昼間に言える範囲にして」
時間がきたのは他の皆も一緒で、ぶれない女子生徒たちも立ち上がって歩き出していた。
女子生徒たちの刺激的な会話を聞いていた周りの人間は、ちょっとだけどよんとした人たちを見た。
「……で、どうしてあの子の従姉さんは婚約破棄したんだろう?」
聞き耳を立てていた下の学年の生徒たちに、ちょっとした疑問だけが残った。
それに先ほどの女子生徒が言った通り、それにいくら学年が違うから情報が入ってくるのが遅いとはいえ、あれだけの人数が関わっているのなら、わりと大事のはずだ。
その情報を掴んでいないのは、貴族として問題だと思う。
浮気ということは分かったが、東のクラスと対立しているということは、王家まで出てくる可能性がある。
というか、浮気かぁ。
何か嫌だなぁ。
もやっとした気持ちを抱えながら。下の学年の生徒たちはそれぞれが情報収集に励んだ。
その結果、王家の浮気非推奨派宣言やら、『美しくて儚い恋』と言いながら協力していた浮気推奨派のクラスのことを知った下の学年の者たちは、しばらくの間、上の学年のまねはしない、が合い言葉だった。
「……情報が大切だって言うのは知ってたけど、 今回が一番、そのことを実感した」
「巻き込まれなくてよかった。だけど、うちの学年でも同じ様なことが起きないとも限らない。常に情報を収集するようにしないとな」
「あぁ、実践だな」
この日、追いかけていた上の背中が真っ二つに分かれているのを知った下の学年の者たちは、情報の大切さというのを知ったのだった。
うっかり夜の深淵を覗きかけた者がいたという噂もあったが、それだけは情けでそっと放置したのだった。
学生時代は、自分たちの学年以外の情報はなかなか入ってこなかった記憶が……。今は違うのかなー?
電子書籍の方に、ちょっとここは入れられないかも?




