外側から見たあのクラスと報連相と一致団結
読んでいただいてありがとうございます。
リクエストをいただいたので、おまけ話にもうちょっとだけお付き合いください。
「おい!聞いたか!とうとう東が隣にぶち切れたらしいぞ!」
自称、学園一の情報通の男子生徒が、教室の扉を開けた瞬間に、そう言い放った。
「あーあ、ついにか。ついに切れたか」
「今日、隣が大人しいのはそのせい?」
東、というのは東棟にあるクラスのことで、王太子殿下の婚約者である公爵令嬢がいるクラスだ。
学年は同じなのだが、あのクラスだけはここの棟ではなくて、東の棟にクラスがある。
ぶっちゃけ、理由は護衛のためだ。
いくら、学園内では皆学生、と謳っていても、現実問題として王族やその婚約者、上位の貴族の家の者たちに何かあると困るのだ。
特に未来の国母である公爵令嬢には、王家から護衛が派遣されている。
基本的に学生のやることに口は出さないし、必要な時以外は遠くから見ているだけなのだが、いざという時に守りやすい教室ということで、国にとって超重要人物がいるクラスは東の棟の教室を使用している。
公爵令嬢と同じクラスの婚約者持ちは、同じ学年の婚約者に会いにくるのが大変そうだった。
だが、姿が見えないと安心するのか、何故かやらかすヤツはいる。
「隣のクラスの連中が夢中になってた『美しくて儚い恋』って、ぶっちゃけ浮気だろ?」
「そう言ってやるなって。隣のクラスのやつらは、見られているって気付いてなかったんだから」
「あんなに堂々とやってたのに?」
「うん。クラスの人間しか見ていない、って思ってる心理がよく分かんないけど、ついに東のクラスにいる婚約者にバレて、婚約破棄されたらしい」
「まぁ、浮気されてればなー」
クラスが隣なのでしょっちゅう件の男女が一緒にいる姿を見かけたし、カフェなどで隣のクラスの生徒がうっとりと憧れを口にしたり、皆で応援してやろうぜ、的なことを言っていたのを聞いた。
最初の頃は何のことだか意味が分からなかったが、ちょこちょこ入ってくる情報をつなぎ合わせて全体像が見えた。
「お前、家には言ったか?」
報連相の大切さを叩き込まれていたので、ちょっとヤバいなと感じた頃に家には報告した。
親が難しい顔をしていたので、そこそこ大事になるかもしれないとは感じていた。
「一応。でも、派閥が違うし、その浮気野郎は小物っちゃあ小物だから、取りあえず静観でいいってさ。お前んとこは?」
「実はあそこの家と寄親が一緒でさ。親同士はちょっと交流があるらしい。でも、上の方の判断次第って言われたな。それに王太子殿下が関わってくるかもしれないから、何かあったらすぐに報告を上げろって言われた。っつーか、知ってたか?あいつ、伯爵家に婿入り予定だったらしいぞ」
「まじで?なら、なんで浮気なんかしたんだ?婿入りなら、婚約破棄された方がダメージでかいじゃん」
「あっちのお嬢さんが爵位を継ぐ予定らしいから、それが嫌だったとか?」
「だとしても、確か子爵家の次男だろ?伯爵家の婿なら、十分、出世じゃん」
「だよな。浮気して婿入りする予定だった伯爵家から婚約破棄されました、なんて男、信用出来ないし、家に必要ないよな」
「うわー、生涯独身か、もしくは田舎の方に行くしかなさそうだな」
「こんな風に噂になってしまうと、色々と難しいだろうな。王都で仕事に就けるかどうかは怪しいよな」
「あぁ、今頃、社交界でどんな噂になってるんだろうな」
他クラスのことだったし、ほとんど関わりのない人間の浮気情報だったので、一応報告はするけど後はそっちで判断してくれ、という感じで各自が親に報告を上げていた。
女性の方に王太子殿下の婚約者が味方に付いているようだと伝えると、そのまま静観で構わないけれど、絶対に男の方には近付くな、と警告された。
言われなくても近付くつもりはなかった。
だって隣のクラス、ちょっと変な雰囲気が漂っていたから。
「今思うとさ、異様な雰囲気だったよな」
「あぁ、なんっつーか、中心のキラキラの周りに霧がかかっているみたいな感じで、そこがクラスの中心になっている?」
「そうそう。中心のせっまい世界だけで物語を作っちまってる雰囲気。ここは劇場じゃなくて、学園だっての」
「劇だけど、見られている自覚はなし。そのくせ、舞台上が全ての世界のような気持ちでいたのかな」
「外に世界があることに、気が付いていなかったのかな」
「仕方ないだろ。だって、物語の中の主人公たちだし」
「でも、教室内での話だよね」
「狭くて自分たちに都合のいい世界。それが全てだったんだろ」
「なるほど」
言われてみれば確かにその通りだ。
クラスという、ある意味、閉じられた狭い世界の中で繰り広げられた劇。
その劇の主人公を輝かすための設定。
悲劇とそこから目指すハッピーエンドの形。
全て自分たちにとって都合がいい設定を作り上げて、その劇の中で役割を持つ。
「そーりゃ、酔うわぁ」
「輝ける主人公にも酔うし、その傍らで輝く自分たちにも酔う。特別な役割だからな」
「うわぁ、俺、無理」
主人公気質でもないし、特別でもないと自覚している身としては、その設定は無理だ。
「何にせよ。俺たちは上の判断待ちでしかない」
「そうだな。というか、国王陛下の浮気非推奨派宣言って、ひょっとしてこれ絡みか?」
昨日、突如として宣言された国王の浮気非推奨派宣言は、ただ今、上から下、王都から地方へと伝えられている最中である。
明日くらいまでには貴族全員に伝わるだろうし、心当たりのある者たちは青ざめる、婚約破棄する者が多く出るかもしれない。
「うちのクラスはどうかなー」
実は男女問わず数人、本日欠席している者たちがいる。
理由は定かではないが、全員が家の都合でお休みらしい。
「……上の命令に従うのなら、国王陛下の命令に従うべきだろう」
「なら、きっと、今日休みのやつらは陛下の命令に従ったんだろ」
「明日くらいには、すっきりした顔で来るかもな」
もちろん、全員が婚約破棄したわけではないだろう。
隣のクラスの生徒の中には、目立たないけれど、距離を置いていた者たちもいた。
けれどあの異様な雰囲気に呑まれていたのか、報連相は怠っていたようだ。
それがどう評価されるのか分からないけれど、かろうじてやり直しに引っかかった者もいるだろう。
「怖いよなー。学園側がおこなったクラス分けの結果が、国中を巻き込んだ騒動になってるんだもんな」
「あぁ、学園側の管理問題にもなるかもな」
「学園長、いや、その前にあっちの担任か。どうするつもりなんだろうな」
子供でもこの程度は出来たのだ。
大人はどう始末をつけるつもりなのだろうか、とざわざわする教室で彼らは話し合っていたのだった。
◇
はぁはぁと己の息が上がっているのを自覚した。
「どういうことだ?」
学園長の冷たい声が腹に響く。
「どういう、と言われましても、私も分かりません」
「分からんじゃない!君のクラスが発端だろうが!」
そうだ。うちのクラスが発端だ。
どうしてこうなったのか、意味が分からない。
「う、うちのクラスは、生徒の自主性に任せていまして」
「愚か者!たとえ自主性に任せていたとしても、担任としてクラス内のことを把握し、生徒たちが間違った方向に行きそうになったら、導いてやらねばならんだろうが!」
「し、しかし」
彼らが必要としていたのは、生徒のやることに文句を言わず授業を滞りなく行う理解ある教師で、クラス内のことについてあれこれ言う担任ではない。
だから彼らの望み通り、授業だけはきちんと行い、生徒たちの行動に苦言を呈することはなかった。
ただ、他クラスに迷惑をかけないように、とだけ言った。
評価も、評価表に基づききちんと行った。
なに一つ、教師として間違ったことはしていない。
生徒の自主性に任せた。
ただそれだけだ。
クラス内で始まったままごとのような恋愛も、それを応援することも、全ては生徒たちが自主的に行っていたことだ。
それについて相談されたことはない。
正直、相談されなくて良かったと思っていた。
担任は何も知らない、自分たちの邪魔をしない。
それが生徒の望みなら、叶えている間は生徒たちの間で評判が上がる。
家に帰って、それを親に言ってくれれば、自分の全体的な評価が上がる。
下手に生徒たちに何か言って嫌われてしまい、それを親に伝えられると、自分の評価が下がってしまう。
あの担任は良い先生だ、という評判が立てば、辞めさせられることもないし給料だって上がる。
良い先生でいるためには、生徒たちのやることを否定せず、理解ある担任でいなければならなかった。
「ここまで大事になる前に、何故報告しなかった」
「大事?ただの学生時代の暴走みたいなものですよ?」
「複数の家が、婚約破棄にまで至っているんだぞ。ただの学生時代の暴走で済ませられるわけがないだろうが」
「ですが、それこそ各家での話し合いでいいのでは?」
「その各家から問い合わせが来ている。担任は何をしていたのだ、とね。止めるわけでもなく、むしろ後押しするような形になっていたらしいじゃないか」
「そんな後押しだなんて、大げさですよ。学生のやったことです」
そんな学生時代の甘酸っぱいあれやこれやのことを、そんな風に大げさに言わないでほしい。
ちょっと目立ちたがり屋の子供の、小さな嘘じゃないか。
「その学生のやったことで、国が揺らいでいるのだぞ」
学園長はため息を吐いた。
だめだ、この教師は自分の評価しか気にしていない。
「学園長がおっしゃったんじゃないですか!一年間、クラス内で何の問題もないようにしろって」
「問題になっているだろうが!」
「なっていませんでした!少なくとも、クラス内では!」
「は?」
「問題にしたのは、他のクラスの生徒です!事を大きくしたのだって、東のクラスの公爵家の方々じゃないですか。うちのクラスでは、問題になってなかったんですよ」
学園長は、意味を理解出来ずにポカンとした。
問題になってない?クラス内では?
「あ、あの子たちは、クラスで一致団結していました。私は担任として、クラスの団結を尊重しただけです!」
担任の言葉に、学園長の眉間にしわが寄った。
確かに、クラスは一致団結していたのだろう。
それが他のこと、例えばテスト勉強を一致団結してやって上位に食い込む者が多く出た、とかそういうことなら評価出来ただろう。
だが、同じ一致団結でも、今回のことは違う。
一致団結して浮気を推奨するクラスなど、前代未聞だ。
「……お前の言い分は分かった。それで、それを報告しなかった理由は何だ?」
学園長の言葉に、担任がきょとんとした顔をした。
「うちのクラスには上位の貴族家の人間はいません。せいぜい伯爵家までです。私が担任になった時、報告は必要最低限でいい。クラス崩壊でも起きない限り報告は必要ない、とおっしゃっていたじゃないですか。うちのクラスは纏まっていましたから」
学園長はギュッと口を締めた。
確かに言った。
この教師はそこそこの実績を持っていて生徒たちからの評判も良かったから、上位貴族家の人間がいない平均的なクラスを任せても大丈夫だと思っていた。
「……生徒たちの味方になればいいというものでもないだろう」
「それは、学園長だから言えるんですよ」
昔、受け持ったクラスが二分したことがあった。
それを収めようとしたのだが、どちらの生徒からも批判を受け、挙げ句の果てに権力者の親まで出てきたことがあった。その時は自分もまだ若くて、どうしていいのか分からずにパニックになった頃にベテランの教師が気付いて代わってくれたおかげで何とか収まった。
その時に、その教師に言われたのだ。
下手に口を出すとさらに悪化することがある、と。
「生徒と言えど親は権力者だ。生徒たち自身も、家の力を自分の力だと捉えていることが多い。そういう時は、生徒たちに任せておけばいいんだよ。勝手に生徒たちと親で権力争いでも何でもやってくれるさ。俺たちみたいな下位貴族出身の教師の言うことなんざ、聞かねーんだよ。どっちにも適当にそうですね、って言っておけば、あとは勝手に向こうでやる。揉め事はクラス外でやってもらえ」
色々と苦い経験をした上での結論だったのだろうが、その言葉で自分も気を張るのを止めた。
外でどれだけ争いをしていようが、クラスにそれを持ち込まなければそれでいい。
クラス内で問題を起こさなければそれでいい。
今までそれを貫いていて、何の問題もなくやって来られた。
その絶妙な立ち居振る舞いをしてきた結果、どちらかというと良い教師という評価を得られた。
大人しいクラスだった時には理解ある教師でいられたし、クラスに問題を持ち込みそうになった生徒には、外でやるように説得した。
結果、安定したクラスを作れる教師という評価を得たのだ。
今回は、相手が悪かった。
こっちのクラスが一致団結していたように、相手のクラスも一致団結してしまったようだ。
「お互い、クラス内では揉めていないですよね。クラスの外での揉め事です」
必死に、クラス内では、と言う教師に、学園長は頭を抱えた。
……これだけ事が大きくなった以上、学園長自身の進退にも関わってくるだろう。
「……クラス、か。せめてその考えを学園全体という認識に広げられなかったのか……?」
「え?それは、学園長が考えることですよね?ただの教師である私には関係ないですよね?だって学園長っていう職は、そのためにあるんですよね?」
学園長はさらにギリッと口をかみ締めたのだが、ただの教師と学園長という権力者の差は確かにある。
担任になるべく責任を押しつけたい学園長と、クラス内は平和だったと主張する担任の攻防は、夜遅くまで続いたのだった。




