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3/10

後編

読んでいただいてありがとうございます。

7/9~7/10の12時くらいまで、総合(連載中)と異世界恋愛(連載中)で日間の1位を獲得いたしました。

通知の王冠に驚きましたが、これも読んでいただいた皆様のおかげです。ありがとうございました。

 ザカリーとキャシーがいなくなった教室では、女性の泣き声だけが響いていた。

 『美しくて儚い恋』、それに憧れ、積極的に協力していた者たちのほとんどは、この二日間で婚約を破棄されていた。

 誰も彼もが、同じことを言われた。


『将来、その『美しくて儚い恋』とやらをされたら困るから』

『その相手との間に子供を作る気なのか』

『我が家は、浮気推奨派ではない』


 そう言われて慌てて否定したが、信じてもらえなかった。


『そんなことはしない。するつもりもない』

 

 男性も女性も関係なくそう言ったのだが、一度芽生えた不信感を取り除くことは出来なかった。

 特に婚約を破棄された者たちはザカリーとキャシーに近かった者たちだったので、余計に信じてもらえなかった。

 かろうじてそのまま婚約継続になった者たちは、どちらかというとクラス内でもあまり目立たず、二人に近寄らなかった者たちだった。

 ただし、釘は刺された。


『今後、その二人や他のクラスメイトたちと行動を共にするようなら、どうするか考える』


 皆、だいたい似たようなことを言われた。

 だが、そのことをクラスメイトに言うつもりもなく、教室の片隅でそっと事の成り行きを見るだけの存在となった。

 元々ザカリーとキャシーを中心としたクラスメイトたちの言うクラス全員とは、あくまでも自分たちに同調する華やかな面々だけで、地味なクラスメイトたちのことなどほとんど認識していなかった。

 今回はそれが功を奏した形になっていた。

 ただそんな地味なクラスメイトの中でたった一人だけ、この騒動がプラスに働いた人物がいた。

 その女生徒は、クラスで一番物静かな人だった。

 クラスの中心にいたザカリーとキャシーとはほとんど話をしたこともなく、精々挨拶程度の関係性だった。

 ただのクラスメイトで関係性は薄かったけれど、一応、両親に報告はしたが、特に何も言われなかった。というより、下手に騒いで貴族の面倒くさいアレコレに巻き込まれるのを、両親も嫌ったのだ。

 騒いだのは、彼女の年上の婚約者だった。

 そもそもどうしてクラス内の出来事を知っていたのかと言えば、彼の親戚が実は同じクラスだったそうで、華やか組だったクラスメイトの男子生徒はこの騒動で婚約破棄が決定したらしく、それを聞いた婚約者が彼女の家を慌てて訪れたのだ。

 そして今回のことを聞かれたのだが、あまり関わっていないので詳しくは知らないと説明をした。

 ところがその最中に婚約者が、自分も学生時代に恋人がいた、とぽろっと自白したのだ。

 もちろん、その時はすでに婚約していた。

 浮気推奨派ではなかった彼女と両親は彼を詳しく追及し、向こうからではなく、こちらから婚約を破棄した。

 自爆する人間もいるのよね、と彼女的にはいい勉強になり、さらにすでに浮気をしていた人間と結婚しなくて済んだことを喜んだ。

 週明けに登校してきたらクラスメイトがほぼ全員死んだように静かだったので、一人だけ晴れやかな顔でいることは出来なかったけれど、どうせいつも一人で本を読んでいるだけだ。

 彼女だけは、このクラスで唯一、今回の騒動に感謝をする存在となった。他の誰も知らないけれど。

 だが、他の人間にとっては、大きな代償を払った苦すぎる学生時代になってしまった。


「……ザカリーとキャシー嬢の行動は、間違っていたのか……」

「冷静になって考えるとそうだよな。オリビア嬢という婚約者がいるのに、恋人を作ったのはただの浮気だ。順番を守ってオリビア嬢との婚約を解消してからならまだしも、継続したままで、さらに将来はキャシー嬢を自分の正妻にするつもりだったんだからな……」

「どこで俺たちは間違ったんだ?」

「きっと最初からだ。俺たちは、ザカリーが伯爵家に入ると聞いていた。伯爵家を支えるために結婚をしなくてはいけない、と。自分自身ではどうしようもない未来を嘆くザカリーに、せめて学生の間だけは自由にさせてやりたいと思ってしまった。将来が決まっているザカリーと男爵令嬢のキャシー嬢の、まるで物語のような恋。俺たちはそこに関われることを喜んでしまった。」

「俺たちはいつの間にか、『美しくて儚い恋』に酔っていた。ザカリーたちを理想の恋人だと祭り上げてた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の、想い合っていても最後に必ず別れの時が来る悲恋。キャシー嬢の儚い容姿がそれに拍車をかけた」

「普通に考えれば、アイツが伯爵になってもあくまでも中継ぎの当主。血筋はオリビア嬢なのに……。ザカリーとキャシー嬢との間に子供が出来たって、伯爵家を継ぐことなんて出来ないのに。それは伯爵家を簒奪することになるのに、そんなことにも気付かずに、自分たちも悲恋の物語の中での役目があると思って喜んでいた」

「自分たちに都合のいい夢を見ていた。その結果、俺たちは本当に大切なものを失った」

「あぁ。婚約者のあの冷たい目は、忘れようたって忘れられない」

「俺もだ。正論を言われて何も言い返せなかった。いや、言い返すとかそういう問題じゃない。馬鹿みたいに、綺麗な恋だと思いたがっていただけだ」

「……そうだな。どんなに綺麗な言葉を使おうが、あれは単なる浮気で、俺たちはその浮気に積極的に協力して、正当な婚約者を蔑ろにしてもいいのだと、言葉や行動で示した。それが、俺たちのスタンスだと。浮気推奨派だと」

「そうやって示していたことに、俺たちは最後まで気が付いていなかった。指摘されても、言い逃れが出来ると思っていた」

「本当、馬鹿だよな、俺たち全員。誰だって、浮気を推奨する者と結婚したいと思うわけがない。俺だって、もし婚約者が浮気推奨派だったら婚約破棄してた。されたのは、俺の方だけど」

「自分たちは浮気されるのは嫌なくせに、他人の浮気は全力で応援する。相手の婚約者だって、俺たちと一緒で浮気をされるのは嫌だっただろうにな。俺たちの浅はかな考えでは、そこまで思いつかなかった」

「そうだな」


 ザカリーの友人たちは、嘆くクラスメイトの方を見ることが出来なかった。

 お前たちが止めていれば、そう言われるのが怖くて、目を合わせることが出来なかったのだった。


  ◇


 婚約破棄。

 その事実は、ザカリーの心に重くのしかかった。


「ザカリー様……」


 自分たちの教室に戻る途中、ぎゅっと握られたキャシーの手が急に重く感じられた。

 この手を離さないと決めていたのに、今、無性に手放したくなった。

 ……オリビアの手は簡単に離れていったというのに、キャシーの手は絡みついて絶対に離さないと言わんばかりで、ザカリーは急にゾッとした。

 ひょっとしてこの手は、こうなることを予感していたのではないのか。

 ザカリーから何もかもを奪って、楽しんでいるだけではないのか。

 婚約破棄をされて、伯爵になることも出来ないことをあざ笑っているのではないか。

 一度芽生えた疑念は、なかなか消えてくれない。

 キャシーがそんな人間ではないということを、ザカリー自身が一番知っているはずなのに、一度芽生えた不信は消えてくれない。

 

「キャシー」

「はい」

「俺は間違っていたのか……?」

「ザカリー様が間違っていることはありません。ザカリー様以外が間違っているんです!」


 自分で聞いておきながら、キャシーの言葉にそんな馬鹿な話があるか!と言いそうになった。

 けれどキャシーがとても真剣な目をしていたので、その言葉を辛うじて呑み込んだ。

 キャシーは本当にそう思っているのだ。

 キャシーにとってザカリーは、頼りになる恋人なのだ。

 次期伯爵。そして、何でも出来る人間。

 そう思わせたのはザカリー自身だ。

 最初は、ほんの小さな嘘だった。

 ザカリーの兄は、学生時代の成績はそこそこだったが、不思議と周りに人が寄ってくるタイプの人間だった。困ったことがあると、友人や婚約者が自然と手を差し伸べてくれるような人だ。

 けれど、ザカリーは兄に不満を抱いていた。

 ザカリーより勉強が出来ないくせに、長男というだけで将来は子爵になれる。

 実際、ザカリーは学年でも上位に入る成績を修めていたのに、兄というだけで子爵になれる人間と、弟というだけで爵位を持てない人間。

 同じ親から生まれたのに、何故優秀な方が家を継げないのか。

 言葉には出さなかったが、密かに不満を募らせていた。

 オリビアとの婚約が決まったのは、そんな頃だった。

 決めてきたのは、父だ。

 そこにザカリーの意思はなかった。

 けれど、それでも婚約者の家が伯爵家だったので、父にしてはよく纏めてきたと満足した。

 ただ婿入り前提だと言われて、ザカリーは、またか、という思いに囚われた。

 爵位を継ぐオリビアがザカリーよりも成績が下だと知って、自分の方が伯爵に相応しいのでは、と思っていた。

 だが、伯爵家の相続権はオリビアにある。それは覆ることはない。

 そんな鬱屈した日々を過ごしていた時、クラスメイトだったキャシーが授業で分からないところがあるから教えてほしい、とザカリーに話しかけてきたのがきっかけだった。

 その時は、他のクラスメイトたちも交えて一緒に勉強をしただけだ。

 けれどそれが何回も続き、いつの間にか隣に座る仲になった。

 そんなある日、何でもない話題からザカリーが伯爵家に入る話になった時に、キャシーが無邪気に言った。


「ザカリー様は伯爵になられるのですね。すごいです」


 笑顔で言われて、違う、と言えなかった。

 家同士の間で決められた契約について、当事者が言わなければ他の人間は知るよしもない。

 オリビアは違うクラスで、伯爵家の内情を知る者もいなかった。

 実際、婿入りした者が中継ぎの当主として伯爵を継ぐことだって、過去の事例にはいくらでもある。

 芽生えていた嫉妬心と、自分をいい様に見せたい見栄とプライドが、ザカリーの口を塞いだ。


「……そうだよ」


 その一言が始まりだった。 

 自分より成績の悪い兄は子爵になり、優秀な自分は伯爵になる。

 その妄想は、ザカリーの自尊心を満足させた。

 自分自身がそう在りたいと思ったから、自分の理想が口から出た。

 キャシーは、ただそれを信じたのだ。

 そこから先、ザカリーはもう自分自身を止められなくなっていた。

 伯爵になる自分。

 友人たちに慕われる自分。

 愛していない女性と結婚して伯爵になり、家に帰っても冷え切った家庭に心を癒されることもなく、本当に愛する女性と一緒にいる時だけ笑顔を見せることが出来る自分。

 ザカリーが自分自身の境遇に酔って考えた、悲劇の自分。

 ザカリーが思い描いた未来では、どこかの時点でオリビアはいなくなり、代わりにキャシーが伯爵夫人となって子供たちと一緒に幸せに暮らしました、というエンディングで終わっていた。

 けれど、そんな未来が来ることは決してない。

 ザカリーは小さく呻いた。

 ……こんな大事になるとは思っていなかった。

 いつしかザカリーの理想は、ザカリーだけのものではなくなっていた。

 

「ザカリー様、ザカリー様ならオリビア様の婿にならなくても、きっと上に行けます」


 何も知らない無知なキャシーの言葉が、空しく響く。


「伯爵様だってザカリー様の優秀さをご存じなんでしょう?オリビア様との縁がなくなっても、きっとザカリー様のことを惜しんで、力を貸してくれますよ」


 そんなわけはない、とさすがのザカリーでも理解出来たのだが、キャシーは本気で言っているようだった。

 

「……俺たちは、まだ学生なんだ。多少、羽目を外しただけだろう……」

「ザカリー様?」


 キャシーの言葉がザカリーに届くことはなかった。

 そのまま教室に帰ったが、先週までとは違って誰も近寄って来ることはなく、最悪の雰囲気の中でただただ時間だけが過ぎていった。

 キャシーは不満顔をしていたが、キャシーを叩いた令嬢に睨まれて、すぐにザカリーの後ろへと隠れていた。

 翌週、キャシーはいなくなっていた。

 遠縁の家に嫁いだので、学園を退学した。

 担任の教師がそう淡々と告げるのを、ザカリーは呆然と聞いていたのだった。


  ◇


「聞きまして?キャシー嬢は、遠縁の家に嫁いだそうよ」

「そうなのね」


 フローレンスからの情報にオリビアは、どういう表情をしたらいいのか分からなかった。

 実際のところ、キャシーとはほとんど話したことがないので、彼女がどういう性格だったのか知らない。

 自分自身に酔うタイプなのか、逞しいタイプなのかで、嫁ぎ先での生き方は変わってくるだろう。

 ……案外、上手くやりそうな気がするけれど。


「陛下も無事に浮気非推奨派だと宣言されましたから、しばらく浮気推奨派の動きは鈍るでしょうね」

「鈍るどころか、活動停止に陥っているといいんですけど……」


 身に覚えのある貴族たちは、若干顔色が悪かったそうだ。

 

「あちらのクラスは、当分、立ち直れそうにないようだよ」


 セドリックが今日たまたまザカリーたちの教室前を通ったら、廊下にまで重くどんよりした雰囲気が漂っていた。

 チラリと見えた教室内でザカリーは孤立しているようで、イスに座ってぼんやりしていた。


「オリビア嬢、新しい婚約は決まったのか?」

「いいえ、まだです。婿入りが大前提なので次男以下の方が理想なのですが、父と話をして、のんびり探すことになりました。いざとなれば親戚から養子をもらうという手もありますし、父に、すぐに誰かと婚約する必要はない、と言われましたので」

「そうか。ゆっくり探すのか」

「はい」


 オリビアがにこりと微笑むと、セドリックもにこりと微笑んだ。


「オリビアー、ちょっとこっちに来てー」

「はーい」


 友人に呼ばれてオリビアが席を立つと、セドリックの態度やらなんやらから何かを感じ取ったフローレンスが、セドリックをじとっとした目で見た。


「……セドリックぅ?」

「順番は守るよ」

「あのねぇ。オリビアは一人娘よ」

「さすがに僕が婿に入ることが出来ないな。それもあったから、今までは何も言えなかったんだ。けど、僕はもう後悔したくない。養子を取るか、オリビア嬢の子供に継がせるか、どうするかはこれから決めればいい。それに、家同士の利もある。伯爵家で進めている事業は、うちも噛んでるから。ただ問題は、オリビア嬢が次男以下で探しているから、僕に見向きもしてないってことなんだよね。だから、ここからは全力でいくよ」

「……最終学年だから、もうクラス替えもないものね」

「出来れば、卒業前までに婚約しておきたいな」

「オリビア、あれでけっこうモテるのよ。今までは婚約者がいたから黙っていた人も、これからは大っぴらに口説けるわね」

「選ぶのは彼女だから、僕は精一杯彼女を口説くだけだ」

「はいはい。クラス一丸で協力、何てことはしないわよ」

「もちろんだよ。僕自身がやらないと、意味がないからね」


 お互い婚約者もいないし、同じ浮気非推奨派だ。

 クラスメイトとして、節度を保った友人関係も築いてきた。

 セドリックは楽しそうにクラスメイトと話をするオリビアを、優しい目で見ていたのだった。


 

1位記念で、おまけを書きたいと思います。

もう少しだけよろしくお願いします。

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