キャシーの恋
読んでいただいてありがとうございます。書籍化作業が一段落しました。加筆部分で、皆大好きドリー兄さん視点とその婚約者さんの話も入れました。発売日が決まったらお知らせしますので、書籍版もよろしくお願いします。
キャシーにとって、その恋は一生に一度の恋だった。
婚約者がいると知っていてもザカリーに惹かれ、幸せなことに彼もキャシーの心に応えてくれた。
物語に出てくる王子様のような彼に愛されて、クラスメイトたちからは祝福された。
クラスメイトで婚約者がいる人は、ほとんど政略で結ばれた婚約だ。
家同士の取り決めだから仕方ないと諦めていて、その中でも成績が優秀だからと伯爵家に渡されたザカリーは、密かに同情されていた。
そのザカリーが、自分自身に降りかかった出来事に負けずに、本当に愛する女性と出会った。
最終的には別れる道しかない二人に、クラスメイトたちは同情して応援してくれた。
けれど、キャシーはあくまでも秘密の恋人だ。
ザカリーの婚約者は、同じ学年の違うクラスにいる。
時々、少しだけ不安になる。
ザカリーは、いつか婚約者と結婚する。
そして、爵位を継ぐのだと言っていた。
彼の婚約者は、古くからある名門の伯爵家の出だ。
新興貴族で男爵家のキャシーの家とは、家の規模や格というものが全く違う。
そんな伯爵家を継いだら、ザカリーはキャシーのことなど忘れてしまうかもしれない。
キャシーは、それが怖かった。
ザカリーにより深く愛されているのは自分の方だという自負が、キャシーにはある。
怖かったけれど、ザカリーはキャシーを伯爵家に迎えてくれると言ってくれた。
嬉しかった。
二人の愛は、永遠に繋がるのだと感じた。
それを阻むザカリーの婚約者は、きっと罰を受けるのだと思った。
だって、ザカリーとキャシーの愛は、皆に認められた真実の愛だから。
神様だって見ていてくれる。
二人を祝福してくれる。
その時は、そう信じていた。
けれど、現実は違った。
罰を受けたのは二人の方だった。
頬を叩かれ、両親に嘆かれ、ザカリーにも会えず、学園を卒業しないまま王都から遠い男爵家に嫁に出された。
真実の愛から引き離された悲劇の花嫁だと嘆いていたら、夫となった人に冷たく笑われた。
「お前はまだいい方だ。お前たちを応援していたクラスメイトのほとんどが婚約破棄をされ、次の婚約者が決まらないそうだ」
「……無理矢理、嫁がされたのに……」
「貴族の結婚なんか、ほとんどが家同士の政略結婚だ。その中で婚約者と仲が深められるかどうかは、本人たちの努力次第だろう。お前たちは、そんな家同士の政策に反対の態度を取ったんだ。何も知らんガキのくせに、政略には自分勝手な理由で反対する。そんな婚約者などいらんだろう。挙げ句の果てに、浮気推奨派ときた。ますますいらんな」
夫の冷たい言葉に、キャシーは顔を青ざめた。
それが夫の本心なのだとしたら、キャシーの前提が崩れる。
「……なら……なら、どうして私を望んだの?」
「こんな田舎に嫁いできてくれる貴族令嬢などいないからな。それに、今回のことで王都の貴族に貸しが出来た。お前を早々に引き取って王都から離したことで、ほっとした貴族の家もあるんだよ」
「わ、わたし、を、愛してくれたのではないの?」
心の何処かで、彼がキャシーを望んだのは彼女のことを愛してくれたからだと思っていた。
田舎は嫌で、悲恋に酔ってはいたけれど、自分は望まれて嫁いだという思いがあった。
夫が少し冷たいのは、キャシーが恋人に未練を残しているから、嫉妬しているのだと思っていた。
「お前が転がってきたから、ちょうどよかっただけだ。これ以上、嫁いできてくれそうな令嬢を探すのも面倒だったしな」
「……うそ……」
「何でこんなくだらんことで嘘を言わなくてはならないんだ?お前と結婚したのは、王都との取引きのためだ。他に他意はない」
くだらない。
夫はキャシーの心を、その言葉だけで切り捨てた。
「言っておくが、クラスメイトに助けを求める手紙を送る、なんていう馬鹿なことは考えるなよ。お前、相当恨まれてるからな」
「え?……恨まれる?」
「そうだ。お前、騒動を引き起こした元凶のくせに、とっとと結婚して王都から逃げたからな」
夫の言葉に、愕然とした。
それでは、まるでキャシーが全て悪いみたいではないか。
王都にいないキャシーでは、何も反論出来ない。
「クラスメイトは結婚が出来なくなって嘆いているというのに、お前は結婚したんだぞ。それだけで、恨まれる」
仲の良かった友人たちの顔が浮かぶ。
誰もが、政略結婚だけれど結婚することを嫌がってはいなかった。
それどころか、楽しみにしている者もいた。
ザカリーとキャシーのことを羨みながらも、自分たちの結婚には納得しているようだった。
それが、全て消えた。
「あ……あぁ……」
あの日、一番仲の良かった友人に頬を叩かれた意味が、少しだけ分かった気がした。




