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後編 

暫くの沈黙の後、和穂は尋ねた。


「――咲耶さん。

 茶会の案内状は手元に?」

「これ?」


咲耶がバッグの中から葉書を取り出す。

それを受け取って目を通し、和穂はため息を吐いた。

正式な茶会の案内状――つまり、謀られた、ということだ。


「――雅耶か? 

 いや、だがあの焦りようはただ事ではなかった」


ヤツは、若干シスコンの気があるからな、と失礼なことを和穂は思う。

葉書を睨み付けている和穂の横で、突然咲耶がくすくす笑い始めた。


「何が、可笑しいんですか」

「プロポーズされたのは、二度目よ」

「――何ですって?」


思わず冷えた声が出る。

そんなことを直接彼女に申し込めるほど、親しい男がいるという事か?


「『咲! 僕と結婚して!』だったのよ」


身体を強ばらせた和穂に気付くことなく、咲耶は、くくく、と笑い続ける。


「いつ、ですか」

「――え?」


目尻に浮かんだ涙を薬指で押さえつつ、咲耶が和穂の方を向いた。


「何で、怒っているの?」

「――誰に、言われたんですか?」


身を乗り出し、険しい表情で問い質す和穂に向かって、

咲耶は、ぷふふ、と噴き出しながら答えた。


「雅耶」

「――っは?」

「大きくなったら父と結婚する、と私が言ったの。

 そうしたら、真赤な顔をして、

 そう、さっきみたいに私の手を握って、涙目で」


可愛かったのよ、小学生の時だったわね、と笑う。

和穂は勢いよく座席に背を沈め、憮然として言った。


「俺の本気と同じレベルで、それを語らないでくれませんかね」


くそ、雅耶のヤツ、筋金入りのシスコンだったんじゃないか。

しかし、和穂の「本気」をあっさり受け流して、

咲耶は尚も笑いながら首を傾げる。


「――それで? どうしていきなり『結婚して下さい』になったのかしら?」


バツが悪くなって、和穂は顔を背けた。


「慌てた様子の雅耶から電話を貰ったんですよ。

 咲耶さんはどうやら、茶会と偽られて見合いの席に向かったらしいって」

「あら。誰からそんなことを吹きこまれたのかしら?」

「お祖父さんがうっかり(・・・・)そう口にしたらしいですよ」

「祖父が?」


咲耶が不思議そうに呟く。


「俺が初めて重松家を訪れた時にも、

 貴女の見合いがどうこうで揉めていたでしょう?

 ご両親はとうとう実力行使に出たのか、と思いました」


ドアに肘をつき、外の景色を眺めながら和穂は言葉を継ぐ。


「ギリギリ間に合ったあの場で、貴女を引き止めるための上手い言葉なんて、

 俺には何も思いつきませんでした。

 ――ああ、でも。

 冷静になって考えてみれば、

 その茶会は見合いですって言えばよかったんですよね」


和穂は苦笑する。


「そのまんま、本音が出てしまった」


それから、ちらり、と視線だけ咲耶に向ける。


「別に、ふざけていたわけじゃありませんよ。

 冗談でもない。 

 俺と一緒に冒険しましょうって言いましたよね。

 咲耶さんだって、冒険は大好きだと言っていたはずだ。

 だったら、俺が舟を出すまで、貴女の舟で待っていてくれませんか」


視線の先で、咲耶がゆっくり頬を染めるの捉えて、和穂は満足した。


重松家の前でタクシーを降り、咲耶と共に玄関を開けると、

雅耶が正面で膝をつき、頭を下げていた。


「――すまんっ! 謀られたんだ」

「――のようだな」

「何だかよくわからないけど、その辺の事情を、

 私にもちゃんとわかるように説明してもらえるかしら」


取り敢えず着替えてくる、と咲耶が奥に姿を消すと、

雅耶は上がれよ、と和穂を自分の部屋に誘った。


「で?」


和穂の問いに、苦々しげに語り始めた雅耶によれば――……


 * * *


電話を切った後、雅耶は苛々と居間に戻った。

咲耶を騙すようなことをした両親に腹が立ったし、

それに気付かなかった自分にも腹が立っていた。

和穂を唆すつもりはなかったが、これから彼がしでかすであろうことが、

咲耶に対する彼の立場を、微妙なものにしてしまうことは間違いないだろう。

最もあの男が、その程度のことで簡単に姉を諦めるとは思えないが。

そんなことを考えていると、新聞越しに祖父が声を掛けてきた。


「あの若造は、行ったのか」

「ああ、大慌てで――」


飛び出したんじゃないかな、と答えかけて、雅耶は、くるり、と振り返る。


「――あの若造(・・・・)って?」

「おお、最近よく出入りしている、あの面構えのいい若造よ」

「いや、そういうことじゃなくて、何でそう思うんだよ」

「何で? 彼奴(あやつ)に電話をしたのではないのか」

「そうなんだけど、僕が聞いているのはそういうことじゃなくて」

「あの目よ。咲耶を見る、あの目。

 あの若造は、お前を口実に咲耶に会いに来ていたのだろう?」

「――何の話だよ」


新聞を折り畳むと、祖父は踏ん反り返って雅耶を見た。


「老いたとはいえ、わしに何も見えていないと思うな。

 咲耶の周りをうろちょろしおって。

 ――だが」


そう言って顎髭を撫でる。


「あの目はいい。

 自分の欲しいものをちゃんとわかっている男の目だ」


嫌な予感がして、雅耶は祖父に迫った。


「――祖父さん。何をした」


かっかっと笑った祖父は、澄ました顔でこうほざいた。


「今日の茶会のことを、

 わしはどうやら少しばかり勘違いしてしまったようでな」

「勘違い?」

「場所が場所だったからの。

 つい先日咲耶にあった見合い話と間違えてしまった」

「――嘘だろう……僕を使って担いだのか?」


一転、祖父はすっと目を眇める。


「担いだのではない。策を弄したまでよ。

 考えてみい。咲耶は来年大学卒業じゃ。

 石頭のお前の親父に、どこぞに無理矢理縁付けられてもおかしくない時期よ」

「その石頭、祖父さんの息子でしょうが」


ふん、と鼻を鳴らし祖父は続ける。


「こんな時代に、とお前は笑うやもしれぬが、

 女子(おなご)の人生なぞ、簡単に捻じ曲げられてしまうものよ。

 いずれ、今回の法螺のように断れぬ筋から話が来ることも、

 ないとは言えんだろう。

 それで幸せになれるような、従順な女子か、お前の姉は?

 咲耶は武士(もののふ)の気概を持った女子よ。

 生半可な男の手には余るだろう。

 わしは、あれが可愛いのじゃ。

 あれに相応しい人生を自分で選ぶ機会を与えてやりたい。

 それにあの若造のことも、そうさな、わしはそこそこ気に入っている。

 何といっても、咲耶に簡単には伸されそうにないからの。

 だから、切欠を作ってやったまでよ」

「切欠って……」


雅耶は勘弁してくれ、と天を仰ぐ。


「これをあの若造がどう捌くか、お手並み拝見、といったところじゃな」


祖父は表情を緩め、ニヤリと笑った。


 * * *


「――どう捌くか、ね」


和穂はため息を吐いた。

雅耶は上目遣いに和穂の表情を伺っている。


「あ――……

 因みに、咲を何と言ってお袋から掠めてきたのか聞いても?」


ちらり、と和穂は視線を流した。


掠める(・・・)

「あ、いや、連れ出した、だな」

「お前のお袋さんには何も」

「そうなのかっ?」


何だよ、何も言わずに掻っ攫ってきたのか最悪だな、と呻く雅耶に、

和穂は薄らと笑みを浮かべた。


「だがお袋さんの目の前で、咲耶さんに『結婚してくれ』とは言ったな」


げっと雅耶は仰け反った。


「その辺のゴタゴタを、茶会に出席する他の客に見られてしまったからな。

 そのまま咲耶さんを茶席に連れて行くわけにはいかなかったんだろう。

 取り敢えず今日は已む無しとして、放免して下さったようだ。

 申し訳ない事をした」


和穂は淡々と語る。

そして、今度ははっきりと笑みとわかるものを浮かべて雅耶を見た。


「手痛い失策を犯したと思っていたが、そうだ、

 お前のお祖父さんが言う通り、確かに切欠ではあるな。

 ――さて、どう捌いたもんだろう」

「お前怖いよ。笑顔が黒いよ。少しはこの状況に焦るとかないのか」

「まずは、咲耶さんに返事を聞かないことにはな」

「おい、僕の話、聞いていないだろうっ」


雅耶が突っ込んだ時、咲耶が部屋に顔を覗かせた。


「事情聴取は後回しにするとして、お昼、和穂クンも食べていくでしょう?

 祖父も一緒に居間でいいかしら?」


「――和穂クン(・・・・)?」


雅耶がピクリ、と片眉を跳ね上げ、

「いつの間に。いや別にいいんだけど」と呟いた。


「お祖父さんも一緒?」


和穂がピクリ、と口許を引き攣らせ、

「ありがとうございます、と言えばいいのか?」と唸った。


微妙な空気に咲耶は首を傾けた。


「――ええと。二人とも何でそんな難しい顔してるのかしら?」





和穂の呼び名が変わったことに、少しばかり面白くない気分になる雅耶ですが、「いや僕は、別にシスコンってわけじゃないし」と自分を宥めます。

一方和穂は、この切欠を与えてくれた咲耶の祖父に何と言って対したら良いのか悩みます。

事情聴取する気満々の咲耶は、それが自分を追いつめることになるとはまだ気付いていません。

さて、今後の展開はいかに。

次は「春」でお目にかかります。

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