第14章
廃工場が大きく揺れた。ディアがその両手に力を込めて、その身に宿した電気で、最大の閃光と轟音を発した。
ディアの両手の中で電撃が爆ぜる。建物を揺らすほどの青白い爆発が、衝撃となって空気を伝う。
その閃光に男が声にならない悲鳴を上げると、その衝撃に耐えられず、セレンをその手から解放する姿が見えた。
目を開いたミコトがそれに気付くと、すぐにセレンを抱き寄せ、男から引き離す。
「くそ……! 待て」
セレンが奪われたことに気付いた男が銃を撃つ。しかし、目も見えず狙いも付けられない状態では、銃弾も虚空を彷徨うだけ。
そんな男をよそに、セレンと共に帰ってくるミコトをディアが迎える。
「ミコトさん! セレンさんは!」
「大丈夫だ。気を失ってるだけだ」
ミコトの腕の中で眠るセレンを見て、ディアがホッと胸を撫で下ろす。
「逃げるぞ! 急げ!」
そこまで叫んだところで、ミコトが異変に気付いた。彼らのいる建物が歪んでいくように見えた。
それに気付いた時、彼はセレンとディアを抱えて一緒に伏せた。
「ミ、ミコトさん!?」
「伏せろ! 崩れるぞ!」
その言葉を最後まで言えたかわからなかった。ミコトが言い終えるよりも早く、天井が崩落し、建物全体が崩れ始めていた。
積み上げられていた赤レンガが音を立てて崩れていく。落ちてくる瓦礫からディアたちを守るように、ミコトはその手に力を込めた。
崩落と破壊の音が鳴り響く。それらが終わると、土煙と埃が彼らを包み込む。
全てが終わって静寂が戻ると、廃工場は完全に朽ち落ちていた。
「……ディアさん、大丈夫か?」
ミコトが起き上がりながら声をかけると、ディアもゆっくり起き上がる。
「私は大丈夫。ミコトさんは?」
「私も大丈夫だ。立てるか?」
差し出された手を取り、ディアも立ち上がる。そうして辺りを見渡して、その光景に目を見張った。
辺り一面、廃工場だったものが飛び散っていた。地面に叩きつけられた赤レンガが粉々に砕けている。
そんなものが無数に転がっているのに、どれ一つとてミコトたちを襲うことがなかった。幸運としか思えなかった。
その時、横になっていたセレンがうめき声を上げながら、ゆっくり目を開いた。何が起きたのかわからない彼女は、胡乱な目を二人に向ける。
「……兄さん? それにディアさんも? 私、何が……?」
「安心しろ。もう大丈夫だ」
ミコトたちはホッと息を吐く。まだ意識がはっきりしないセレンだけが、ボンヤリとしていた。
その時、ミコトが何かを思い出したように立ち上がった。
「おい。それよりあいつは」
ミコトが後ろを振り返る。土煙が漂う中、そこには瓦礫の山と化した煉瓦があった。
横を見ると、ミコトが殴り倒した男を見つけた。まだ倒れたままだったが、瓦礫に襲われた様子もなく、命に別状はなさそうだった。
「ミコトさん!」
その時、ディアの鋭い声が轟いた。ミコトが振り向くと、彼女の指が瓦礫の山を指差すのが見えた。
そこには瓦礫の山と、その山から一本の腕が出ているのがわかった。
「くそ!」
ミコトはその山に駆け寄ると、男がいるであろう瓦礫をどかし始める。幾重にも重なった煉瓦を取り除いたところで、ミコトはその動きを止めてしまう。
瓦礫の山に埋もれていた男は体中ボロボロで、頭から血を流している姿で見つかった。
「セレン! 手を貸してくれ!」
「え、ええ」
二人が男の身体を診る。体温はある。血は流れているが軽症で、治療すればすぐに止血できる範囲だった。
だが、男の脈を測ったところでミコトの動きが止まった。
「だめ……! 心臓が止まっているわ!」
セレンの声が震える。男は心臓だけでなく、呼吸すらも止めていた。
明らかに危険な状態に、ミコトはすぐに回復を試みる。だが、さすがのミコトでも、止まってしまった心臓を回復させる術を持つはずがない。
必死に男の心臓を起こそうとするが、心臓が起き出すことはなかった。
ミコトが愚痴るように叫ぶ。
「くそ! ふざけるな! 死なせてたまるか!」
愚痴のような叫びは、泣き言のようにも聞こえた。目の前のどうにもならないことに、ミコトは抗うように治療を続ける。
それでも動き出さない心臓に、セレンが弱々しい声を上げる。
「もうだめ……助からないわ」
諦め、失望、慟哭。それら感情がないまぜになった声が虚空を漂う。
しかしミコトはそれでも治療を続けた。
「いいから、黙って治療を続けろ! さっさと手を動かせ!」
ミコトの怒号が響く。彼はとにかく男を助けようと、治療を続ける。
しかし止まった心臓が動き出す気配はない。それでも、ミコトはその手を止めることはなかった。
「ミコトさん」
透き通るような声が聞こえた。ミコトが振り向くと、すぐ後ろにディアが立っていた。
「ディアさん?」
何かと視線で問いかけると、彼女はその手を男に向けた。
「私がこの人の心臓に電気ショックを与えてみるわ。もしかしたら、助かるかも」
「……何だって?」
突拍子もないことに戸惑うミコトだが、彼女は構わず話し続ける。
「忘れたの? 博士が私を助ける時、私の心臓に電気ショックを与えて生き返らせたことを」
ミコトの記憶が呼び起こされる。確かにカブロ博士は、止まっていたディアの心臓に電気ショックを与えて、彼女を生き返らせていた。
彼女という前例がある以上、男を助けるのはそれしか方法がなかった。
それでもミコトは逡巡する。そんなことをしても大丈夫なのか、と。
その逡巡の理由を察したのか、悩むミコトに彼女が微笑みかける。
「ミコトさんは心配なのよね? 私が自分の電気を使うと、身体に負担がかかるかもしれないって」
「それは……」
違う、とは言えなかった。実際電気エネルギーを使った後、彼女は体調不良になった。
それにさっきも電気エネルギーを使ってしまっている。もしここで電気ショックを使えば、彼女にどんな影響が出るか、想像もできない。
だが、ディアはそれら全てを受け止めた上で、もう一歩踏み出す。
「大丈夫よ。力加減はできるし、必要最低限の力だけ使うわ。だから……」
信じてほしいと、無言で訴えていた。そして、彼女はミコトの手を優しく握りしめた。
「私も、誰も死なせたくない。今度は自分も、あなたも、ここにいるみんなを助けてみせる。だから、お願い」
ミコトの手が優しく握られる。優しいのに、力強いぬくもり。
彼女は言った。ここにいるみんなを助けると。そのみんなの中に、彼女自身も含まれていると。
その言葉を聞いて、ミコトはその手を強く握り返した。
「わかった。頼む」
ミコトの静かな言葉に彼女は嬉しそうに微笑んだ。
彼女は手を離すと、その手を男の心臓の位置に置いた。
その時、彼女の手から電気の光が発せられるのを見た。
それは今までとは違う、優しく暖かい光だった。




