34.マリージュ様の手紙
「はぁ……疲れたわ」
学校長と別れてユリアスと研究室に戻り、
シャワーを浴びて着替えたらもう疲れ切ってしまっていた。
夕食が届くまでの間リビングのソファで座って待とうと思ったけれど、
思った以上に身体が疲れ切ってしまっていた。
「お疲れ様」
声がしたほうへ視線だけ動かすと、
同じようにシャワーを浴びて着替えたユリアスがリビングに入ってくるところだった。
「ユリアスもお疲れ様。
明日は授業ないから、ゆっくり休もうね」
ちょうど明日は魔術師学校は休みの日だった。
旅の疲れもあるし、今日の謁見の疲れもある。
久しぶりに何も考えずにゆっくり休める……。
「ロージー。これ」
見ると手紙が一通差し出されていた。見覚えがある封筒。
マリージュ様がユリアスに渡していた手紙だった。
「え?私が見てもいいの?」
大事に使ってねってマリージュ様が言ってた気がする。
私が読んでみてもいいものなのだろうか。
「……見て、いらなかったら処分してくれ。
その判断は……ロージーに任せる」
「…?」
手紙の中を開くと何かの証明書と便箋が一枚入っていた。
紙質があきらかに違うため、手触りで何かの証明書だというのはわかる。
証明書を開いて見て、時間が止まったかのように思った。
[ ルーニア国名誉国民
ロージー・エバーリング と
同じく ユリアス の婚姻を証明する ]
「……え?」
これって、もしかしてルーニア国の国王の直筆?王印もある。
国宛に使われる書簡と同じで、正式な証明書!?
いったいどういうこと!
「マリージュ様が用意したみたいなんだ。手紙も読んでみて」
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証明書を見て驚いたでしょう?
でもね、ユリアスがいつまでもうだうだしていると、
帰国した時に王命で他の貴族との結婚を命じられたらどうするの?
これさえあれば、もうすでに結婚してますって言って断れるでしょう。
何かあれば使って。
もし使わないようだったら、処分するなり勝手にしていいから。
ちゃんとロージーをしあわせにするのよ!
未来の王妃命令だからね!
マリージュ・ケンバウム
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……マリージュ様らしい。
帰国した後のことも心配して、用意してくれたんだ。
マリージュ様にお願いされて、
うれしそうに書いただろうルーニア国王の顔が目に浮かぶ。
「ふふふっ。もう、マリージュ様ってば。
本当に優しくて心配性なんだから」
「ロージーが無理やりに結婚させられるんじゃないかって、
それだけが心配だったみたいだよ」
「そうなのね。
もしかして、昨日ユリアスの態度がおかしかったのはこれのせい?」
「……ああ。ちょっと動揺して。
机の上の文箱を落としてしまった……」
なるほどね。昨日ユリアスの部屋から聞こえたのは文箱を落とした音だったんだ。
その時に教えてくれても良かったのに。
「ねぇ?これは私がもらってもいい?
大事にとっておきたいの」
「いいけど……処分しなくていいの?」
「え?」
私が座っているソファに近付いてきて、ユリアスが跪いて見つめてくる。
少しだけ前髪がかかる琥珀の入った緑色の瞳。
それに見慣れてきているけれど、この距離は少し近い。
頬に手をそえられて、身動きができなくなる。
「この証明書がある限り、ロージーは俺と結婚してることになるよ。
それは、嫌じゃないの?」
「……ユリアスは嫌だから処分してってこと?」
他国の名誉国民としての婚姻証明書。
それにどのくらい効力があるのかはわからないけれど、私はうれしかった。
おままごとのような本当のような、それでも二人の名前が並んだ婚姻証明書。
浮かれてしまったのは……私だけ?
「あぁ、違うよ。そうじゃないんだ」
「え?」
焦るような声で抱きしめられ、何が起きたのかと思う。
抱きかかえられて運ばれるのには慣れて来たけど、
こんなふうに正面から強く抱きしめられるなんて。どうして?
「俺が……ちゃんと言わないからいつもいつも」
「ユリアス?」
「ロージーが好きだ。
ルーニア国の名誉国民としてマリージュ様に用意されるんじゃなく、
この国で、ちゃんとロージーと結婚したい」
……本当に?ユリアスが私を好き?
守ってくれるだけじゃなく、結婚したいって思ってくれるの?
「ずっと好きだった。もっと早く言いたかったけど、言えなくて。
素顔を見せなかったことも気が付かないくらい間抜けだけど、
もう言わないことで誤解させるのは嫌だ。
好きだ。俺と結婚してほしい」
「……いいの?本当に?
こんなにめんどくさい私でいいの?」
「何がめんどくさいのかわからないけれど、
ロージーのことなら、何もめんどくさいなんて思わない」
「守ってもらってばかりの私で……料理も出来なくて……
馬にも一人で乗れないし、怖がりだし……
それに、前世のことだって……」
「ストップ。
俺はロージーが辛い思いしてきたことも知ってる。
それもあって、今のロージーがいるんだろう?
だから、全部守らせてくれないか?身体だけじゃなく心も」
「いいの?望んでもいいの?本当に?
……私もユリアスが好き。
ずっと、ユリアスに好きだって思われたかった」
想いを伝えたら、こらえきれなくて涙がこぼれた。
それをユリアスが手で拭ってくれる。とても優しい手で。
「ロージー。良かった。同じ気持ちで」
「ずっと、好きな人に思われたいって願ってた。
願ってダメだったらまた苦しむって思って、隠してた」
「もう隠さなくていい。
言って?どうしたかったの?」
「好きなユリアスに好きだって思われたい。
ユリアスのそばにずっといていいって言われたい。
抱きしめていいって、私が必要だって……」
「好きだよ。俺の隣にずっといて。
いつでも抱きしめるし、抱きしめてくれるならうれしい。
ロージーが必要だって、何回でも言うから」
「ん……」
キスで口をふさがれて、その先は何も言えなくなったけれど、
もう言葉にすることがなくてもわかりあえた。
手で、ふれる肌で、体温で、お互いのすべてを混ぜあうように。
その優しい手が服のボタンをはずすことに戸惑いは無かった。
ユリアスの名を呼んで応えてもらうのに必死で……
あの時の一人ぼっちでいた私の心の傷も、いつの間にか消えていた。




