31.帰国の途(ユリアス)
「それじゃあね。気を付けるのよ?」
「はい。マリージュ様もお元気で」
「マリージュ様、お手紙書きますね。
マリージュ様からのお手紙も楽しみにしてますからね!」
「うう……ロージーぃ」
思ったより普通に挨拶してるなと思ってたら、それが限界だったのか、
泣きついてくるマリージュ様をロージーが優しく抱きしめている。
一月とは言え、毎日のようにお茶していたのだから、離れるのが寂しいのだろう。
少し出発が遅れてもいいだろうと思って待っていると、
泣き止んだらしくマリージュ様がロージーから離れた。
涙をハンカチで拭いながら、俺に手紙を二通渡してくる。二通?
「これ、一通は叔父様に渡して?
もう一通はユリアスにプレゼント。
あとでこっそり見てくれればわかると思うわ。大事に使ってね?」
「……?わかりました」
大事に使ってってなんだろうと思いながら受け取り、荷物にしまい込む。
ロージーに渡していないってことを考えると、俺一人の時に見てってことかな。
荷物を馬の尻に括り付けて、先にロージーを抱えて馬に乗せる。
何度か乗って少しは乗り慣れただろうけど、
小柄なロージーが馬に乗ると頼りなく見える。
その後ろから支えるように馬にまたがると、出発させる。
ロージーが俺の腕越しに後ろを見て、マリージュ様に何度も手を振っていた。
見えなくなるまで何度も。
ようやく手を振らなくなったら、うつむいてしまったのを見て、そっと抱きしめる。
きっと泣いてるんだろうと思って、
片手で抱き寄せて、ロージーの顔を胸に抱いた。
俺の服にしがみついているのは、それだけ寂しいからだろう。
「しばらくは人もいないと思うし、そのままでいいよ」
「……ん。ありがとう」
グスグスしてるロージーが泣き止んだのは、
静かな森の中に入り、しばらくしてからだった。
何度か休憩をはさんで、夕方になる前に野営の場所を決める。
簡易の寝床を作って焚火の準備をしていると、
その間にロージーが枯れ枝を拾ってきてくれた。
来るときも野宿したせいか、
何も言わなくてもお互い何をすればいいのかわかってる。
それが心地よくて、何も会話せずに準備は終わった。
「今日は少しまともなスープです」
「まとも?」
「うん。野営するのがわかってたから、
干し肉の他に入れるキノコを用意してもらったの。
だから、前回の時よりも美味しいはず!」
「前回のスープも美味しかったよ?」
「うん。あんな簡単なスープだったけど、ユリアスと食べたら美味しかった。
だけど、もう少し手料理っぽいものを出したくて」
「ロージー、料理できないって言ってたよね」
「……うう」
「帰ったら、たまには俺が作ろうか?」
「え!ユリアス、料理できるの!?」
「騎士団に入ると、最初の頃は下っ端だから、
みんなの分の食事を作る仕事があるんだよ。
騎士団の中に女性はいないからね。全部自分たちで用意するんだ。
得意なわけじゃないけど、ある程度はできるから。
スープのお礼に俺の料理を食べさせてみたい」
「そうなんだ~。ユリアスは何でもできるんだね。いいなぁ」
「ははっ。料理を覚えたいなら一緒に作ればいいだろう?
ロージーもすぐにできるようになるよ。
今まで令嬢として生活してたから料理する機会がなかっただけだろうし」
「そうかな。一緒に作って教えてくれる?」
「ああ」
夕食のスープを食べ、しばらくは焚火の周りに座って話しをしていたけれど、
一日馬の上に乗って疲れていたロージーがうつらうつらし始めた。
もともとロージーは夜遅くまで起きていられない体質らしい。
ロージーを簡易寝床に寝かせ、一人になった後も寝る気にはなれず、
遠くの星を眺めていた。
焚き火を消そうか迷っていたら、まだ夜中なのにロージーが起きてきた。
朝まで起きてこないと思っていたのに、どうしたんだろう。
「どうした?眠れないのか?」
「一度寝たのだけど、なぜか起きちゃって。
身体が緊張しているのかも」
「帰国するから?」
「うん……多分?よくわからない。
何にたいして構えているのかわからないのだけど、少し怖いのかもしれない」
「そうか」
騎士団に入って最初の遠征の時を思い出す。
初めての野営だという興奮、いつ魔獣が出てくるかもしれない恐怖。
草を揺らす風の音や、焚火の匂い、土の匂い、虫の声。
いろんなものが気になって眠れなかった。
今、ロージーが落ち着かない理由はわからないけれど、
落ち着かせる方法ならわかる気がした。
「こっちにおいで?」
そう言って誘うと、無言のままふらっと俺のところに来る。
もしかしたら少し寝ぼけているのかもしれない。
俺のそばまで来たロージーを抱きかかえて、俺の足の間に座らせる。
「え?」
「そのまま俺の方に寄りかかって。
背中を倒して、体重かけていいから」
「うん……」
俺の身体にすっぽりと隠れてしまうロージーを抱きかかえるようにして、
少し寄りかかるようにして寝かせる。
まだ残る焚火に照らされて、ロージーの髪が浮かび上がる。
その髪を指で梳かすように撫でて、俺の腕に力が抜けたロージーの頭を乗せる。
「……まだ怖いか?」
「ううん、大丈夫。
ユリアスがいてくれたら、大丈夫って思えるから」
「そっか。じゃあ、帰国しても大丈夫だよ。
俺はずっと、何があってもロージーのそばにいるから」
「うん。ありがと……」
「眠いなら、このまま寝ていいよ」
「うん……寝ちゃうかも……」
「いいよ」
ゆっくりと頭や肩を撫でていると、小さな寝息が聞こえてきた。
そのまま起こさないように抱きしめて、夜が明けるのを待った。
魔力が有り余っているせいか、一日くらい眠らなくても気にならなかった。
眠るよりも、腕の中にいるロージーの柔らかさを感じていたかった。
こんな風に眠るロージーを抱きしめられる時間を一秒でも長く。
「告白できなかったなぁ。
王弟殿下に怒られるのはいいけど、帰国したら……。
こんな風に抱きしめちゃダメだよな」
帰国したら、マイケル王子は断れるかもしれなくても、
ロージーに婚約を申し込む令息が山ほど出てくるのは予測できた。
俺はその時にどうやったら守れるだろう。
……たとえ何があっても守る。その気持ちは嘘じゃない。
だけど、全員を倒して逃げるとか、そんなことはできない。
少しは頭を働かさないと。
貴族らしい戦いは苦手だけど、そうも言ってられないのだから。




