22.日常と緊急時
騎士団の演習場に行くようになって、
この王宮内での立場が変わってきたように感じる。
直接治癒されて感謝している騎士はもちろん、
女官や侍女からも感謝されていた。
考えてみれば、騎士団に所属している騎士の多くは貴族だ。
貴族と言っても、家を継げない次男以降や下級貴族たちだ。
そして、同じように王宮の女官や侍女もまた次女以降だったり、
下級貴族だったりする。
騎士と女官、侍女が恋人になっていることが多く、
恋人の騎士を治癒して帰している私は、
女官や侍女にとっても恩人のような扱いになっていった。
そんな中、態度が変わらない王女に、皆が冷たい目を向けていた。
王女はマリージュ様から注意を受けても変わらなかったらしい。
私は隣国の王弟の娘で王妃の客として王宮に滞在している。
養女ではあるが、光属性のために実子と変わらない立場だった。
そのため、王女であっても失礼のないように対応しなさいと注意されたそうだ。
なのに……
今日もまた演習場に入った途端に絡まれ、心配した騎士たちが駆けつけてくる。
「また来たの!?
もういい加減アステカニアに帰りなさいよ!この偽聖女!」
水色の猫目を吊り上げて大声で叫ぶ王女に、
この数日ですっかり慣れてしまっていた。
静かな声であくまでも丁寧にお返しする。
「あら?良いのですか?
私が帰るということはユリアスも帰りますのよ?」
「っ!それはダメよ!ユリアスは私の騎士なのだから!」
「いいえ?ユリアスはお義父様がつけた、私の護衛騎士ですから。
私が帰国する時には帰らなければいけません。
それで、私たちに早く帰ってほしいのですか?」
「うるさい!あんたなんて偽聖女のくせに!」
言いたいことを言うとすぐにどこかに行ってしまう。
私に一度何か言えば、演習場からいなくなってしまうため、
さっさと話し終えたほうが楽だった。
今日はこれでもう来ないだろう。
そう思って騎士に挨拶すると、騎士たちにもこの後は平和ですねと返された。
「マリージュ様、大変です!
ロージー様、一緒に来ていただけませんか!」
「何があったの!?報告して!」
いつものようにマリージュ様とお茶を楽しんでいると、
騎士が一人飛び込んできた。
マリージュ様の私室に騎士が飛び込んでくるなど、通常時にはありえない。
それが許されるとなれば、どれほどの緊急事態なのだろう。
「西の市街地に魔獣が発生しました。
幸いその近くにいた民は逃がせましたが、
対応にあたった街警備のものと騎士団のものが多数やられました。
離宮のほうに運び込んで治療にあたっていますが、かなりの重傷者が出ています。
申し訳ありませんが、ロージー様のお力を貸していただけないでしょうか!」
「わかりました。マリージュ様、かまいませんね?」
「ええ。力を貸してもらえるなら助かるわ!」
「すぐに案内してください!」
王宮のすぐ隣にある離宮では、中に入り切れない者たちが外に寝かされていた。
どの騎士も血まみれの状態だが、それでも重傷では無いという。
命の危険がある重傷者は奥の部屋へ運び込まれ、治療中という話だった。
「すみません、騎士の方。
案内はここまででいいです。
王女様を呼びに行ってもらえますか?」
「王女様ですか?」
「はい。無理にでも連れて来てください。
ダメなら、マリージュ様にお願いして連れて来てください」
「わかりました」
騎士が走って王宮へと向かっていくのを見届けることなく、離宮の中へと入った。
今ごろは演習場にいるユリアスにも連絡が入っているはず。
得意じゃないにしても、ユリアスも光属性だ。
外に寝かされているものの治癒くらいはできるだろう。
血の匂いがまとわりついてくるような廊下を急いで走り抜け、
奥の部屋へと入った。
中には身動き一つできない重傷者が十数人寝かされていた。
……魔力が足りるだろうか。
いや、完全に治す必要はない。
せめて命の危険がなくなる状態にまで治せばいい。
後は薬での治療にまかせよう。
そう考えなおして、近くの騎士へと治癒を始めた。
「どうして私がこんなところに連れて来られたのよ!」
騒がしさに振り向いてみると、部屋の入り口に王女が来ている。
後ろにマリージュ様がいるのを見て、
やっぱり騎士だけでは動かなかったのだなと思う。
「王女様、治癒はできますね?」
「えっ……できないわ」
「そんなわけないでしょう?聖女なのでしょう?」
「……だって、できないものはできないもの」
すねるような口調の王女に、イラっとする。
こっちは話しながらも治癒は続けている。
この状況を見ても、何も思わないのだろうか。一国の王女が?信じられない。
今までの態度は我慢できても、これは我慢できなかった。
「いいからやりなさい!治癒なんて、光属性じゃなくても使えるのよ!
水属性持ってるのでしょう?
あなたの国の民を守るために負傷した騎士を助けることもしないで、
聖女だなんて言ってるんじゃない!
やったことないなら、私がするのを見て覚えればいいでしょう!
あなたは聖女である前に王女なのよ!」
「っ!!」
おそらく身分が下のものから怒鳴られるなんて初めての経験だろう。
他国の王族とは言え、私は養女だ。従わないこともできるはず。
だけど王女は何も言い返さずに中に入ってきて、私の治癒をじっと見つめていた。
言いたいことは言った。後は王女が自分でどうするかだろう。
現状を見て問題点に気が付いたマリージュ様が、
騎士たちに的確な指示を出してくれる。
「命の危険がある重傷者はロージーにまかせて。
動ける者は、治癒が終わった者を別の部屋に運んで寝かせておくように。
治癒が終わってもしばらくは動けないし目も覚まさないはずだから。
王女は、治癒が使えるようになったら、外にいる重傷者の治癒にあたりなさい。
薬で治せるものは王宮の治療室の方に行くように言いなさい。聞こえたわね?」
「「「はい!」」」
次々と運びこまれる重傷者で部屋はあふれ、
これ以上運び込まれても寝かせる場所がなかった。
治癒を終えた者を他の部屋へと移動させてくれたおかげで、
残りの者へ治癒をかけやすくなった。
さすがマリージュ様。そう思いながら次の重傷者へとうつる。
マリージュ様も無属性だから治癒しようと思えばできるはず。
だけど、光属性や水属性と違って効率が悪い。
それよりも上に立って指示してくれた方が助かる。
マリージュ様自身もそう判断したのだと思う。
気が付くと王女は部屋からいなくなっていた。
外で治癒してくれているのならいいのだけど……
少しだけ心配になったが、あの様子なら大丈夫かもしれない。
新しい重傷者が運び込まれなくなって少しして、ユリアスが部屋に入ってきた。
「ロージー、外の重傷者はほとんど治癒した。
後は王女だけで大丈夫だと思ってこっちに来た。手伝うよ」
「ええ、ありがとう」
ちゃんと王女は外で治癒していると知って、少しだけ笑ってしまった。
あれだけ言われたら怒って帰ってもおかしくないのに、
意外と素直でいい子なのかもしれない。
ユリアスと協力して残りの重傷者に治癒をかけると、もう夜遅くになっていた。
くたくたで、身体に力が入らない。さすがに限界だった。
その場に座り込むと、近くにいた騎士に声をかけられた。
「ロージー様、ありがとうございました。
もう後は騎士たちでなんとかできます。
本当に助かりました…もう部屋へとお戻りになって休んでください」
「わかりました。後はお願いします。
では、王宮へ帰りますね」
そう言って立ち上がろうとしたら、ユリアスに抱き上げられた。
「え?」
「もう魔力切れ起こしかけてるだろう。
いいから、黙って運ばれて」
「……ええ。ありがとう」
また縦抱きで抱きかかえられ、ユリアスの肩に頬をあてる。
ユリアスの横顔を見ながら、くたっとして運ばれて行く。
「頑張りすぎだ……でも、すごいな。
誰も死ななかったのはロージーのおかげだ」
「……自分でも頑張ったと思う。
こんなに力を押さえずに使ったのは初めてかもしれない」
「そうだろうな。お疲れさん」
「……うん」
「寝てもいいぞ。ちゃんと部屋まで連れて行くから」
「……ん」
覚えているのはそこまでだった。
おそらく自分の魔力のほとんどを使い切ってしまったのだろう。
今まで、それほどまで力を使ったことは無かった。
目立つことを避けていたせいもあるけど、必要とされることも無かったから。
他国に来て、これほどまで頼りにされることがあるとは思っていなかった。
あくまで魔術学校の研修としてきているだけだから、出しゃばるのもどうかと思う。
それでも目の前で血まみれになって苦しんでいる騎士たちを、
助けもせずに見捨てることはできなかった。
出来る限りのことをしよう。
そう思ったら、あとは全力で治癒し続けるだけだった。
ユリアスに抱えられ、意識が無くなった時、どこまでも落ちていく感じがした。
暗い寒い、湖の底のような場所に、ただ一人でいる気がしていた。
気が付いたら、あの場所だった。
王宮の冷たい石でできた床に倒れていた。
肌にはりつくようにまとわりついた服はぐっしょりと濡れていて、
身体から熱をどんどん奪っていく。
周りを囲んでいる令息たちが口々に罵倒してくる。
幼馴染だったはずの王太子の側近たち
……少なくとも嫌われてはいないと思っていたのに。
冷たい目で見下ろしている王太子。
小さいころから隣にいて、微笑み合っていたはずなのに。
花束を受け取って婚約した時の笑顔はどこに行ってしまったんだろう。
王太子の隣にいる令嬢が、王太子と目を合わせてうれしそうに笑う。
そのまま、私のことを見ることも無く去って行ってしまった。
あぁ、そうなんだ。私は恋敵にすらなれなかったのね。
気にする必要もないくらい、王太子はあなたのものになってしまったんだ。
これがただの政略結婚の相手だと思っていたなら、こんなにつらくなかったのに。
いろんな思い出が、楽しかった記憶が、今は私を傷つけていく。
どうして……どうして私を愛してくれなかったの?
一緒にこの国を守って行こうって約束はどこに行ってしまったの?
寒い……体中が痛くてたまらない。
このままずっと一人でここにいるのだろうか。
ふわっと身体の周りが暖かくなって、何かが私を優しく包んでくれる。
これは……魔力?
……知ってる。これが誰か、私は知ってる。
ユリアスが、こんな時でも私を守ってくれるなんて。
暗い底からゆっくりと引き上げられるのと同時に、身体に熱が戻ってくる。
あぁ、戻ってこられた。
そう思った時に、私の額にユリアスのくちびるがふれた気がした。
「おやすみ」
そう聞こえたけど、返事をすることも無く、
今度は幸せな夢へと導かれるように眠った。




