予期せぬスパルタ教育
「ところで、お国の人はあんたが女になっていることは知らないんだね」
「はい、おそらく……」
おそるおそる頷いたレオナの姿を見つめながら、セラフィーナはにやりと不敵な笑みを浮かべた。
「じゃあ大丈夫だ。王子様がこんな美女になっているなんてことは、お釈迦様でも気がつくめぇー!」
「なんですか、オシャカサマって……?」
首をかしげるレオナの素朴な質問は、無慈悲にもスルーされた。セラフィーナはそのまま、アルノーのほうへ向き直る。
「アルノー、レオナにメイド服を手に入れておあげ。そしてメイドとしての基礎知識を叩き込むんだ」
「――よろしいんですか?」
アルノーは思わず聞き返してしまった。てっきり、レオナは厄介払いされるものとばかり思っていたからだ。
すると、セラフィーナはわざとらしくため息をついて肩をすくめた。
「レオナを放り出すなって言ったのはアルノー、あんたじゃないの。言葉には責任が伴うんだよ」
「……分かりました。何とかします」
そう、確かにそう言い出したのはアルノーだ。ならば、この『元・王子』の美女を立派なメイドに仕立て上げてみせる。それが責任というものだろう。
さっそくアルノーは、お嬢様――セラフィーナ様の実家である伯爵邸へと足を運んだ。
レオナのためにまずはメイド服を調達し、ついでにレオナの教育についても相談してみる。すると、対応してくれたメイド長が、感激した様子で両手を頬に当てた。
「まあ! セラフィーナ様が自らメイドを雇うなんて、一体全体どういう風の吹き回しでしょう……! 何という進歩、何というご成長!」
ひとしきり涙ぐんだあと、メイド長はキリッと表情を引き締めて力強く宣言した。
「よろしい、そのレオナという娘をここへ連れておいでなさい。きちんと教育して、お嬢様のメイドとして恥ずかしくないしつけをして差し上げますから!」
「ありがとうございます。助かります」
その力強い言葉にすっかり甘えることにしたアルノーは、ほっと胸をなでおろし、さっそくレオナを伯爵邸へと預けてしまったのだった。
――数日後。
「アルノー、あなたって結構残酷ね」
留守から戻ったセラフィーナは、開口一番、ジト目でアルノーを睨みつけてきた。
「……どうしてですか?」
心当たりがなさすぎてアルノーが問い返すと、セラフィーナは「はぁ」と深い、深いため息をついた。
「レオナを預けたあのメイド長、身内から見てもそれはもう、恐ろしく厳しい人なのよ? 炊事も洗濯も、なーんにもできないレオナがあの人のところに行ったら、今頃どんな目に遭っているか……想像するだけでゾッとするわ」
「え……」
セラフィーナの言葉に、アルノーの脳裏を最悪の想像が駆け巡る。
家事の基礎の「き」の字も知らない元王子が、伯爵家伝統の地獄のスパルタ教育に放り込まれたのだ。今頃、泣き叫びながら雑巾がけでもさせられているのだろうか。
「私は……何か、取り返しのつかないことをしたのかもしれませんね……」とアルノーの血の気がサーっと引いていく。
良かれと思って選んだ道が、まさかレオナを生き地獄に叩き落とす結果になろうとは。
アルノーの心は、文字通り『ズドーン』と底なしの暗闇へと沈んでいくのだった。




