元王子の才能開花? と、メイド長の恋愛指南
外の世界でアルノーが「あの人は今頃、慣れない下働きでボロボロになって心を痛めているのではないか……」と余計な心配を重ねていた頃。
当のレオナはというと――クロワ伯爵邸の裏方で、怒涛のメイド教育を受けていた。
だが、その評価はアルノーの悲痛な懸念を他所に、初日から爆発的に跳ね上がっていたのである。
「レオナ、あなた……以前、どこか相当に高貴なお宅でお世話になったことがあるのではないかしら?」
ある日の厳しい実技レッスンの最中、それまで鬼のようだったメイド長がふと手を止め、不思議そうにレオナを見つめた。
それもそのはず、レオナの背筋の伸びた美しい立ち姿、指先まで神経の行き届いた洗練されたお辞儀、そして音もなく滑らかに移動する歩行。それらすべてに、一朝一夕では決して身につかない本物の「品格」が宿っていたのだ。何しろ、元は王宮の最高峰の礼法を叩き込まれた王子様なのだから、当然といえば当然である。
「えっ!? そ、そんな、滅相もありません……っ!」
レオナは顔を真っ赤にして、慌てて激しく首を振った。
ここで万が一にでも「元王子です」なんて正体がバレたら、一巻の終わりである。
しかし、必死に誤魔化そうとするレオナの様子を見て、メイド長は「ふっ」と何かに納得したように優しく目を細めた。
「ふふ、隠さなくてもいいわよ。あなたのその所作には、どうしたって隠しきれない高貴な香りがするもの。……ただね」
そこで言葉を区切ると、メイド長は手元にある、レオナが畳んだはずの壊滅的な状態の山積みの洗濯物へと視線を落とした。
「炊事、洗濯、掃除の実務に関しては、笑っちゃうくらいからっきし。……ということは、事情があって没落してしまった、良家のお嬢様かしらね? まさか、本当のお姫様ってことはないでしょうし。まぁ、これ以上の詮索はしないわ。誰にだって、人に言えない事情の一つや二つはあるものだしね」
「(お、お嬢様……!?)」
脳内で盛大な勘違いの斜め上をいかれている。だが、元王子だと思われるよりは、悲劇の令嬢だと思われている方が何百倍も好都合だった。レオナはここぞとばかりに潤んだ瞳で頭を下げた。
「あのっ、実務はまだ下手くそですけれど、一生懸命務めます! 早く一人前になりますから、どうか、わたしをここから放り出したりしないでください……っ!」
「ふふ、大丈夫よ。これだけ見込みのある良い子を、私が放り出すもんですか」
メイド長は母性的な笑みを浮かべたあと、すぐに「ですが」とキリッと表情を引き締めてパチリと指を鳴らした。
「セラフィーナお嬢様の身の回りのお世話が完璧にこなせるように、明日からはさらにみっちり仕込むから、そのつもりで覚悟はしてね?」
「はい! よろしくお願いします!」
実はレオナにとって、この過酷と言われるメイドの訓練環境は、苦痛どころか完全なる「天国」だった。
自らの強い願いの果てに、魔法で念願の『女の子の身体』を手に入れたのだ。こうして誰の目を気にすることもなく、可愛い制服に身を包み、女性としての役割を心置きなく果たせる――その事実だけで、レオナの胸は深い喜びと充実感で満たされていた。
「よし、次は裏庭のしつこい草むしりと、大量のシーツの洗濯ね!」
「はい、喜んで!」
普通のメイドであれば「爪が汚れる」「手が冷たくて荒れる」と嫌がるような土いじりや、水の冷たい手洗い洗濯、重労働の雑巾掛け。それらに対しても、レオナは嫌な顔ひとつせず、むしろ頬を上気させ、生き生きとした笑顔でこなしていく。
(私、いま……本当に、本物の女の子として生きてる……!)
そんな純粋なハッピーオーラを全身から放ちながら働くレオナを見て、メイド長からの評価はさらに、うなぎ登りに上がっていくのだった。
そんなある日の休憩時間、レオナの手際の良さを褒めちぎっていたメイド長が、ふと恋バナでもするようなトーンで声を低くした。
「それにしてもレオナ。あなた、それだけの抜群の美貌でしょう? 伯爵邸の若い男手や、街の商人なんかで、言い寄ってくる男も多いんじゃないの? 普段はどうしてるの?」
不意に振られた殿方関係の話題に、レオナは少し困ったように眉を下げた。元男であるレオナにとって、男からのアプローチは純粋にどう対応していいか分からない未知の領域なのだ。
「あ、はい……。確かに、親切にしてくださる殿方は大勢いらっしゃるのですが、お話ししているうちに、気がつけば『嫁に欲しい』とか『付き合って欲しい』という方向になってしまうことが多くて……。どうお断りすればいいか、いつも困っているんです」
「あちゃあ、やっぱりね。いい、レオナ? よーく聞いておきなさい」
メイド長は持っていたお茶のカップを置くと、人生の先輩として、真剣な顔でレオナの肩を叩いた。
「いいこと、レオナ。男というものは、曖昧に微笑まれると勝手に都合よく解釈する生き物です。その気がないなら、最初の一言で線をお引きなさい。優しさと隙は、別物ですよ」
「は、はぁ……最初の一言からですか?」
「そうよ! 曖昧な優しさは、誤解を助長するだけだからね。今度変な男が寄ってきたら、私のところへ言いなさい。一喝して追い払ってあげるから!」
「ふふ、ありがとうございます。頼りにしています、メイド長」
元王子のメイド見習いは、先輩からの「男のあしらい方講座」に神妙に頷きながらも、女性としての日常を過ごせる日々に、心の底から救われるような幸福を感じているのだった。




