完璧なメイドの帰還と、不穏な影
それから、三か月後のこと。
クロワ伯爵邸での怒涛の猛特訓を終えたレオナは、ついに貧民街にあるセラフィーナの施療院へと戻ってきた。
その姿は、出発前とは文字通り見違えるほどだった。
一通りの家事を完璧にこなし、立ち振る舞いは指先の動き一つに至るまでどこまでも上品。気品溢れる美しい容姿も相まって、今やどこに出しても恥ずかしくない、申し分のない一流のメイドに仕上がっていたのである。
「セラフィーナ様。メイド長より、ようやくお嬢様のメイドとしてお仕えしても良いとお許しが出ました。これからは誠心誠意、セラフィーナ様付の専属メイドとしてお勤めさせていただきます」
深々と、それでいて流れるように美しい完璧な作法でお辞儀をするレオナ。
そのあまりの見事さに、セラフィーナはパッと目を輝かせ、嬉しそうに彼女の周りをぐるぐると回った。
「あら、レオナ! すっかりお上品な空気を纏っちゃって! 本当にそのメイド服がよく似合っているわ、可愛い!」
「ありがとうございます、セラフィーナ様」
褒められて嬉しそうにポッと頬を染めるレオナ。
そんな彼女を微笑ましく見つめていたセラフィーナだったが、ふと思いついたように、隣に立つアルノーのほうへ視線を向けた。その瞳が、いたずらっぽく細められる。
「ねえ、アルノー。レオナがこれだけ完璧なんだもの。なんなら、あなたも女の子にして、お揃いのメイド服を着せてみようかしら? 絶対に似合うわよ?」
「っ……!? 勘弁してください、セラフィーナ様! 私はどこまでも男でありたいのです!」
アルノーは文字通り飛び上がって慌てて一歩下がり、両手を前に出して全力で拒絶の意志を示した。その必死な様子に、セラフィーナはケラケラと楽しそうに笑い声を上げる。
「ふふ、分かったわよ。そんなに本気で心配しなくても大丈夫。でも、もし気が変わって『私も女の子になりたい!』って思ったら、遠慮なく言ってね? どんな最高美少女にでも変えてあげるから」
「……永遠に結構です」
冷や汗を拭いながら、アルノーは無理やり話を本題へと戻すことにした。これ以上この主人の危険な好奇心に付き合わされるのは、男のプライド(と性別)に関わる。
「コホン。……ところで、セラフィーナ様。例の『レオン王子』の捜索隊の動きはどうなっているか、何かご存知ですか?」
アルノーの言葉に、セラフィーナも少し真面目な表情を作って首を傾げた。
「さあ、知らないけど」
「ええっと、私の耳に入ってきている話ですと、こちらの国の警察が責任を持ってレオン王子を探し出すということで、本国から来ていた捜索隊の本体はすでに帰国したということですが、ただ、数名がこちらの国の監視役……いえ、捜査に協力するという名目で残って、今も執拗に捜査を続けているということです」
とアルノーが報告した。
「なるほど。では、ひとまずはレオナに疑いの目は注がれていない、という訳ね」
隣で話を聞いていたレオナが、ホッと深く胸をなでおろす。
まさか、本国から逃亡したはずのレオン王子が、隣国の貧民街で「絶世の美女メイド」として平然と働いているなど、誰が想像できるだろうか。そんな常識外れの洞察力を持つ人間など、この世界には存在しない。
「ですから、セラフィーナ様。あなたが『男を女に変えられる』という規格外の魔法を使えるということは、やはり今後も絶対に公にしない方がよろしいかと。もしそんな情報が知られたら、王子捜索隊が女性も対象にして探し始めて、それこそ大騒動になりますからね」
「そうね、そんな面倒なことに巻き込まれるのは御免だわ。この国でのんびり暮らしたいもの」
アルノーのまっとうな忠告に、セラフィーナは小さく肩をすくめて同意した。
こうして、危ういところでアルノーの『男』は守られ、元王子のレオナは正体を完全に隠したまま、セラフィーナの専属メイドとしての第一歩を踏み出すこととなった。
「それで、レオナ。伯爵邸では具体的にどんなことができるようになったの?」
セラフィーナが興味深そうに尋ねると、レオナは背筋を伸ばし、誇らしげに胸を張った。
「はい! 掃除や洗濯といった基本的な家事は、メイド長に厳しくしっかりと教えていただきました。また、お茶の淹れ方は格式高い執事の方々に、基本的な料理の技術は厨房の皆さんに一から叩き込んでいただきました」
レオナが淹れた紅茶を一口飲んだアルノーが、無言で目を見開いた。
「……悔しいですが、完璧です」
「ふふ、メイド長に百回ほど淹れ直しを命じられましたので」
「これではアルノーの出番が無くなっちゃうわね」
セラフィーナがニヤニヤしながら視線を送ると、アルノーはすかさず眼鏡をキリッと押し上げ、一歩前に出た。
「ご心配なさらないように願います、セラフィーナ様。私は私で、情報の収集や各種事務処理や薬草の調達、そして主人の暴走のストッパーなど、私にしかできない重要な仕事に邁進いたしますので」
「一言余計よ、アルノー」
クスッと笑うレオナと、呆れ顔のセラフィーナ、そして涼しい顔のアルノー。
新しく頼もしい仲間が加わり、施療院の日常はさらに賑やかで鮮やかなものになっていくのだった。




