因果応報の罠
その日、施療院の扉を乱暴に押し開けて入ってきたのは、かつて貧民街でセラフィーナの治療を受けた男たちだった。
そのうちの一人――常人離れした筋肉を持つ大男が、セラフィーナの前に立ち塞がり、威圧するように凄んでみせる。
「おい、先生よぉ……! どうも俺たちの身体、人間から離れ始めてるみたいなんだ。あんたの治療が原因だって聞いたんだけど、一体どうしてくれるんだよ!」
男の背後では、他の仲間たちも不安と怒りの混ざった顔でセラフィーナたちを睨みつけている。
だが、詰め寄られたセラフィーナは眉一つ動かさず、冷淡な声で言い放った。
「あんたたちが死にそうだったから、ただ治療してやっただけだよ。……治療されて元気になったからって、悪さをすると人間から離れていく。そういう術をかけておいたんだ」
「あ、あんだと……!?」
男たちが呆気に取られる中、セラフィーナは淡々と事実を並べ立てる。
「たとえば、木登りが得意になった奴が、建物の二階や三階から人の家に忍び込んで泥棒をする。そうすると、人間から『猿』に変わっていってしまう。俊足になった奴が、その足を人のために使えばいいものを、人の荷物をかっぱらったり警察から逃げるために使う。……人でなしの行動をする奴は『馬』になってしまうようにしてあったんだ。――何か、心当たりでもあるのかい?」
「っ……!」
セラフィーナの鋭い視線に射抜かれ、男たちは一斉に視線を泳がせた。
図星だったのだ。せっかく得た超人的な身体能力を、彼らは犯罪に悪用していた。
「そ、そんな罠が仕掛けてあるなんて、俺たちは知らなかったんだよ……!」
「そりゃそうさ。教えなかったからな」
悪びれもせず、セラフィーナはフンと鼻を鳴らす。
男たちは完全に青ざめ、先ほどまでの威圧的な態度はどこへやら、その場に膝をつかんばかりの勢いで懇願し始めた。
「せ、先生……頼む、元に戻しておくれよ! このままじゃ本当に獣になっちまう!」
「悪いことをしないと約束できるなら、ね」
じろりと見下ろすセラフィーナに、男たちは必死になって何度も頷く。
「もちろん、約束する! もう絶対に悪さはしない! だから頼む、俺たちを普通の人間にしてくれ……っ!」
「それじゃ、一人ずつここのベッドに横になんな」
セラフィーナの指示に従い、男たちは大人しくベッドに横たわった。
彼女が手をかざして魔力を流し込むと、男たちの身体に馴染んでいた異質な力が、霧が晴れるように抜けていく。セラフィーナは彼らに施してあった『強化術』を、手際よく解除していった。
「よし、これでだいたい元通りのはずだ。もう怪力も使えなければ、猿みたいに木にも登れないし、足も元の鈍足に戻っているよ」
ベッドから起き上がった大男は、自分の両手を握ったり開いたりして、力が失われたことを確認した。心なしか、その表情には安堵の色が浮かんでいる。
「……ああ、助かった。これで平穏な暮らしが戻るんなら、文句はねえよ」
「次にまた悪さをしたら、今度こそ本当に動物化が始まるからね。気をつけな」
去りゆく男たちの背中に、セラフィーナは冷ややかな、けれど確かな警告を投げかけるのだった。




