代償のルールと、消えない呪い
貧民街の男たちが命からがら施療院を去ったあと。
アルノーはずっと気になっていた疑問を、片付けを始めたセラフィーナにぶつけた。
「セラフィーナ様。あいつら、もしまた悪さをしたら……今度こそ本当に動物になっちゃうんですか?」
アルノーの心配そうな声に、セラフィーナはケロッとした顔で振り返る。
「まさか。そんなことあるわけないじゃない」
「えっ? でも、さっき『また悪さをしたら動物化が始まる』って……」
「子供のしつけと同じさ。少し脅しておけば、あいつらも悪さをしづらくなるだろ?」
悪戯っぽく笑うセラフィーナに、アルノーは深くため息をついた。
「はぁ……。セラフィーナ様も、本当に人が悪い」
すると、お茶を運んできたレオナが、トレイを胸に抱えたまま不思議そうに口を挟んだ。
「でも、セラフィーナ様。副作用や罠のない、純粋な特殊能力というのは作れないのですか?」
「ん? 普通に作れるけど?」
「作れるんですか!?」
あっさりと答えたセラフィーナに、今度はレオナが驚きに目を見開く。
「だけど、失うものが何も無いと、緊張感が無くていけないって言うんだよ」
「……誰がですか?」
「誰がって、みんなさ。世間の物語でも、大きな能力を得るには何かと引き換えであるべきだって、それがお約束だろう?」
まさかの「世間の風潮」に合わせた仕様だった。この聖女の基準は、時々よく分からない。
しかし、その言葉を聞いたレオナの顔が、みるみるうちに不安げに曇っていった。自分の手を見つめ、おそるおそるセラフィーナを見上げる。
「あの……セラフィーナ様。ということは、私も……何かを引き換えにしているのでしょうか?」
王子としての身分を捨て、女の子になった自分。何か恐ろしい対価を支払わされているのではないかと、怯えているのだろう。
セラフィーナはレオナのメイド服姿をじろじろと眺めると、あごに手を当てた。
「あなたの場合はねぇ、すでに身分と『男』を差し出しているからね。だから、私の方で特に妙な罠は仕込んでいないよ。――ただ」
「ただ……?」
レオナがゴクリと唾を呑み込む。
「これだけ可愛い女の子になっちゃったんだから、無意識に『男を引き寄せてしまう呪い』は掛かっているかもね」
「なっ……!?」
レオナの顔が真っ赤に染まる。
元は男、それも一国の王子だったのだ。そんな自分が、男を惹きつけてしまうなど、想像しただけで耐え難いのだろう。レオナは涙目でセラフィーナに詰め寄った。
「セ、セラフィーナ様! お願いです、その呪いを解いてください……!」
「無理無理。私が掛けた呪いじゃないから、解きようがないよ」
ひらひらと手を振って、お茶を飲み始めるセラフィーナ。
「そん、な……」と、その場にがっくりと膝をつくレオナの姿を見て、アルノーはただ、心の中で彼女(彼?)の平穏な未来を祈ることしかできなかった。




