施療院の絶対防壁
「アレストリア王国の者だが、セラフィーナの施療院というのはここか」
ある日、施療院の門を叩いたのは、いかにも鍛え上げられた体躯を持つ大柄な男だった。その鋭い眼光と醸し出す空気は、明らかにただの一般人ではない。国を背負う騎士か、あるいは敏腕の捜査官か。
応対に出たアルノーは、内心の動揺を隠して努めて冷静に微笑んだ。
「はい。こちらはセラフィーナの施療院で間違いありませんが」
「セラフィーナ殿に話を伺いたいのだが、御在宅か?」
「少々お待ちください」
アルノーは奥の部屋へと下がり、お茶を淹れていたセラフィーナに声をかけた。
「セラフィーナ様、アレストリア王国の方が訪ねてきていますが、お会いになりますか?」
「ここまで来ているんだもの、会うしかないわね」
セラフィーナは面倒くさそうに溜息をつきながらも、応接室へと移動した。アルノーもその背後に控える。
「アレストリア王国の方がわざわざ我が施療院まで、どのようなご用向きでしょうか?」
正面に腰掛けた男に対し、セラフィーナは泰然自若とした態度で問いかける。男は居住まいを正し、本題を切り出した。
「実は、我々は我が国の第二王子、レオン・フォン・ルーベン王子の行方を捜しております。調べを進めたところ、この施療院の近くまでは足取りを辿れたのですが、その先がぷっつりと分からなくなりまして」
(……レオナのことだ)
アルノーの背中に冷や汗が流れる。今まさに、その『レオン王子』本人が、この建物の奥でメイド服を着て洗濯をしているのだから。
しかし、セラフィーナは眉一つ動かさずに「ほお」と相槌を打った。
「それで、我が施療院にそのレオン王子を探しに来られたと……」
「まあ、そういうことです」
探るような男の視線を受け流し、セラフィーナはふっと優雅に微笑んだ。
「あいにくですが、私共には商売上の秘密というのがございましてね。誰がいつここを訪れたかは、決して他人に話さぬルールなのです」
「ふむ……。やんごとなき方もお忍びで訪れるのでしょうし、その通りなのでしょうな」
男は一応の理解を示しつつも、鋭い眼光を緩めない。
「ですので、そのレオン王子がここを訪れたとも、あるいは訪れていないとも、私からお答えすることはできかねます」
「なるほど。ならば――我々の手で、こちらの中を捜索させてもらってもよろしいか?」
男の言葉に、部屋の空気がピキリと張り詰めた。半ば強硬手段に出るぞという脅しだ。
普通なら恐れおののくところだが、セラフィーナはフッと、どこか楽しげに鼻で笑った。
「そうなると……いくつかの国が、アレストリア王国に対して一斉に宣戦布告することになるかもしれませんが、それでもよろしいですか?」
「な、何だと……?」
男の顔に初めて動揺が走る。セラフィーナは身を乗り出し、冷徹な笑みを浮かべた。
「ここにはね、様々な国の王室や、大貴族の方々が『秘密の治療』を受けにやってくる訳ですよ。そんな彼らの秘密を暴こうと、アレストリア王国の手勢が土足で押し入ったとなれば……どうなるか、分かりますよね? 冗談抜きで世界大戦の引き金になりかねない大問題ですよ?」
「っ……」
男は絶句した。
この施療院に手を出すということは、世界中の最高権力者たちを敵に回すということ。たとえアレストリア王国といえども、そんなリスクは絶対に冒せない。
沈黙の末、大柄な男は苦虫を噛み潰したような顔で立ち上がった。
「……承知しました。今日のところは引き揚げます」
「ええ、お気をつけてお帰りくださいね」
背後で深く頭を下げるアルノーに見送られ、男は悔しげに施療院を去っていった。
扉が閉まった瞬間、アルノーはどっと大きな溜息を吐き出し、セラフィーナは「やれやれ」と肩をすくめるのだった。




