嵐のあとの算盤の音
「あ、あの……お客様だったのですか?」
アレストリア王国の男が去ったのを見計らったように、奥の間からレオナが顔を出した。その手には、おずおずとお茶の道具が握られている。
「レオン王子を探しに来たという、アレストリア王国の騎士か武人だな、あれは」
セラフィーナがソファーの背もたれに深く寄りかかりながら答えると、レオナは一瞬にして顔を青ざめさせ、お盆を持つ手をカタカタと震わせた。
「ま、まあ……っ! 私は、私はどうすればいいでしょうか……!」
今にも逃げ出しそうな元王子を安心させるように、セラフィーナはひらひらと手を振る。
「別に何もすることはないさ。奥に踏み込もうとしたからね、他国の王族や大貴族の秘密の治療を探りにアレストリアの手勢が踏み込んだとなったらどうなるかをちょっと考えさせてやったんだ。そうしたら、勝手に青くなって黙って帰っていったよ」
「……ありがとうございます。でも、私がここにいると、やはり先生にご迷惑を掛けてしまうのではありませんか?」
申し訳なさそうに眉を寄せるレオナ。
そんな彼女の姿を、セラフィーナはつま先から頭のてっぺんまでするりと見つめ、フッと不敵に笑った。
「問題はないよ。今のレオナの事を見て、まさかあの美丈夫な『レオン王子』だと見破れるような者なんて、この世にいるわけがないだろう?」
完璧なしつけを施され、仕草一つまで洗練された美少女メイド。
その言葉に、レオナは自分のメイド服の裾をぎゅっと握りしめ、
「た、たぶん……」
と、なんとも自信なさげに消え入るような声で答えるのだった。
「さて!」
セラフィーナはパンッと両手を叩くと、一瞬で「お医者様」から「商人」の顔へと切り替えた。引き出しから愛用の算盤を取り出し、パチパチと小気味いい音を響かせ始める。
「今日のお客は、美白を希望する侯爵夫人だ。かなりの大物だからねぇ……まずはじっくりカウンセリングをして、予算を吊り上げてからかな」
すっかり目が金貨の形になっているセラフィーナを見て、アルノーはすかさず一歩前に出た。
「セラフィーナ様。お相手は侯爵夫人です。くれぐれも、動物化するような『ふざけた治療』は論外ですからね? 絶対に普通の方法でお願いしますよ」
「チッ……、分かってるって。侯爵夫人が望まない限り、そういった施術は行わないから大丈夫よ」
あからさまに舌打ちをするセラフィーナに、アルノーとレオナは顔を見合わせて、同時に深いため息をつくのだった。




