美女の受難と、新たな下働き
真夜中をとうに過ぎ、東の空がうっすらと白み始めた明け方近くのこと。
静まり返った施療院に、遠慮がちな、しかし切迫した様子でドアを叩く音が響いた。
「もう……いったい誰なの、こんな非常識な時間にやってくる奴は!」
眠い目をこすりながら、セラフィーナは盛大に文句を垂れ流しつつ、しぶしぶと入り口の鍵を開けた。
「こんばんは、セラフィーナ様……」
そこに立っていたのは、泥に汚れ、服もところどころ破れたボロボロな身なりの女性だった。しかし、その煤けた顔の下からでも隠しきれない圧倒的な美貌には、見覚えがありすぎる。
「またあんたかい! アレストリアへ帰って、今頃はお姫様ライフでも満喫してるんじゃなかったのかい?」
セラフィーナが呆れ果てた声を上げると、元王子の女性は今にも泣き出しそうな顔で、怒涛の勢いで愚痴をこぼし始めた。
「聞いてくださいよ! 国境に向かって歩いていたら、いきなり凶悪な盗賊に襲われるわ、そこへ『そこの美しいお嬢さん、僕が助けてあげるよ!』なんてキザな勇者が現れて戦ってくれるわ、その勇者にはその場でいきなり『僕と結婚してくれ!』って求婚されるわ、挙句の果てにその勇者と盗賊が最初からグルだったってことが分かって痴話げんかに巻き込まれるわで、もう散々だったんです!」
「へえ、そいつはまた、災難だったね。」
セラフィーナは他人事だと思ってクスクスと笑う。しかし、女性の受難はそれだけでは終わらなかった。
「それだけじゃないんです! 命からがら逃げ出して、一息つこうと旅籠に泊まれば、そこの主が『ぜひうちの息子の嫁になってくれ』って夜中に部屋に押し掛けてくるし! 旅費を稼ごうと商店に仕事を求めて立ち寄れば『頼むからうちの看板娘になってくれ、給金は弾む!』って男たちに囲まれて引き止められるし……!」
「看板娘になって自分の美しさを存分に楽しめばよかったのに、美女の暮らしは楽しいと思うよ」
ジト目を向けるセラフィーナに、元王子はブンブンと激しく首を横に振った。
「違います! 私はただ、普通の、静かな生活がしたいんです……! 周りの男たちの目がギラギラしていて、生きた心地がしないんです。お願いですセラフィーナ様、私を元の、あの冴えない男の王子の姿に戻してください!女の身がこんなにも男の欲望を引き寄せるなんて想像もしていなかったんです」
すがりつくような哀願に、セラフィーナはふん、と鼻を鳴らした。
「ふむ、戻すこと自体はできないことはないけどね。言っておくけど私の技術料は高いよ? あんた、当然代金は持ってるんだろうね?」
「……お金は、途中で追いはぎに遭って、全部取られて一文もありません」
女性はガックリと肩を落とし、財布の中身が空っぽであることを証明するように、ボロボロのポケットを引っ張り出した。
「お生憎様。それじゃあ、お金を持ってきたら元の王子に戻してあげるよ。うちはボランティアじゃないんでね、お引き取りを」
冷たくあしらってドアを閉めようとするセラフィーナ。そこへ、ずっと後ろで話を聞いていた従者のアルノーが、苦笑しながら割って入った。
「セラフィーナ様、お待ちください。この状態の彼女を外に放り出すのは簡単ですが、それじゃあまるでピラニアのいる池に生肉を放り込むようなものです。さすがに可哀想ですよ。……いっそのこと、代金が貯まるまで、うちで下働きとして使ってあげたらどうですか?」
アルノーの取りなしを聞いたセラフィーナは、ふむ、と顎に手を当てて元王子の姿をまじまじと見つめた。
「下働きねぇ……。ま、それも面白いかもしれないね。あんた、体は立派な美女になったのに、中身が王子様のまんまだから女としては隙が有りまくりなのよ。そんなんだから男を引き寄せまくって破滅しかけるんだよ。いい機会だ、私のところでその見事な姿に合わせた『女の仕草』ってやつを、身を粉にして働きながら養うといいさ」
その言葉に、元王子の女性はパッと顔を輝かせた。
「助かります……! 掃除でも洗濯でも何でもやりますから、よろしくお願いします!」
こうして、施療院には新しく、驚くほど美しく、そしてまったく仕事をしたことがないというメイドが新しく加わったのだった。




