貧民街の超人たちと、警察官の選択
ある日の午後、セラフィーナの施療院の扉を荒々しく叩く音が響いた。
現れたのは、このあたりの貧民街を管轄している警察署の警察官たちだった。
(ちっ、ついに来たか。王族や貴族から巻き上げた金品を、不当利得だなんだと言って接収しにきたな?)
セラフィーナは内心で舌打ちをしながらも、毅然とした態度で腕を組み、冷ややかな視線を警官に向けた。
「今日は一体何の用ですか? 立ち入り調査なら、ちゃんと令状はあるんでしょうね?」
すごむセラフィーナに対し、あらくれ者の多い貧民街を相手にしているはずの警官は、なぜか妙に腰が低かった。帽子を脱いで、困ったように頭を掻いている。
「いやいや、滅相もない! 先生、今日はね、お願いがあって来たんですよ」
「お願い……?」
身構えていたセラフィーナは、拍子抜けして眉をひそめた。警官は周囲を気にするように声を潜めて続ける。
「ほら、少し前に貧民街の雑居ビルがガラガラと崩れてしまった事故があったでしょう。あの時、先生が野戦病院さながらに、ガレキに埋まった連中の治療にあたってくださったじゃないですか」
「ええ、まあ。確かにやりましたけど」
セラフィーナはなおも警戒を解かずに生返事を返す。すると警官は、いよいよ本題だとばかりに顔を寄せてきた。
「実はですね、あの事故で先生に治療された連中が、最近おかしなことになってるんです。貧民街の中で、人間離れした怪力を発揮する奴や、馬と並んで走れるほどの俊足の持ち主、果ては猿よりも身軽に木や建物をスイスイ上る奴まで現れましてね……。おかげで、そいつらによる窃盗や強盗が急増して、署内は大パニックなんですよ」
警官は泣きそうな顔で訴えかける。
「それで、もしかして先生なら何かしら心当たりがあるんじゃないかってことで、お話を伺いに来たんです」
話を聞いたセラフィーナは、すぐに合点がいった。あの時、けがの治療にかこつけて肉体の持つパフォーマンスを最大限引き出すように“調整”を施していたのだ。
(あーあ、やっぱり出ちゃったか。説明するのも面倒だね……)
これは隠してもしょうがないと考えたセラフィーナは、これ以上話を長引かせるのが億劫になり、あっさりと率直に白状することにした。
「分かりました。……確かに心当たりはあります。あの時、死にかけた彼らを治療するついでに、その人間が秘めている『潜在能力』を完全に発揮しきれるように、少しばかり身体をいじったのは確かです」
「やっぱり先生の仕業でしたか!」
頭を抱える警官を前に、セラフィーナは悪びれもせず、むしろ退屈そうに尋ねた。
「で? 泥棒たちが強すぎて捕まえられないから、警官の方々の潜在身体能力も同じように発揮できるようにしてくれ、とでも頼みに来たのですか?」
「えっ……!? そ、そんなことが可能なんですか!?」
警官の目が輝く。もし自分たちが超人的な身体能力を手に入れられれば、貧民街の治安維持など造作もない。しかし、セラフィーナの口元に浮かんだ怪しい笑みを見て、警官はゾくりと背筋を凍らせた。
「もちろん可能ですよ。……でもね、タダで手に入る力なんてありません。得られるものがあれば、当然『失うもの』もあるんですよ」
「えっ、それって……一体何ですか?」
唾を飲み込む警官に、セラフィーナは淡々と恐ろしい副作用を告げる。
「稀になんですけど、猿のように木登りが得意になった奴はね、だんだん猿の性質に引っ張られて、家を捨てて木の上で生活したくなっちゃうんです。また、馬並みの俊足を得られる代わりに、今度は横になって眠れなくなって、一生立って寝るはめになるとか。力を引き出す代償として、生活習慣が動物のように影響を受けることがあるんですよ」
「それは……困りますね、非常に困ります。普通の人間生活が送れなくなるのはちょっと……」
想像しただけでゾッとしたのか、警官は真っ青になって引き攣った笑いを浮かべた。
そんな哀れな迷える子羊(警官)を、セラフィーナは楽しそうに見つめ、最後の揺さぶりをかける。
「まれに生じる副作用を恐れてあきらめるか、超能力を得るか、さあ、どうします? やりますか?」
「……遠慮します!」
警官は食い気味に首を激しく横に振ると、脱兎のごとく施療院から逃げ帰っていった。




