深夜の来訪者と、美しき変貌
深夜の静寂を切り裂くように、セラフィーナの施療院の裏口が控えめに叩かれた。
事前に非公式の先ぶれこそあったものの、こんな草木も眠る丑三つ時に訪ねてくるとは、いかにも訳ありといった怪しげな訪問である。
迎え入れた部屋に現れたのは、マントを深く羽織った青年だった。フードを外したその顔は、近隣諸国にもその名を轟かせる、美男子で有名な隣国アレストリアの王子その人であった。
しかし、その美しい顔には、深い苦悩の影が落とされている。王子はセラフィーナの前に立つと、まるで堰を切ったように、切々と自身の胸の内を訴え始めた。
「……私は、物心ついたころから、自分が女の身でないことを天に呪って生きて来たのだ」
悲痛な告白だった。男らしくあれと育てられたであろう王子の口から出た言葉に、セラフィーナは静かに耳を傾ける。
「私が女の心を持つと気づいた周囲の者たちは、私から女の持ち物を徹底的に遠ざけた。手に触れたり、目にしたりしないよう、すべてを隠してしまったのだ。そして、男らしくなるようにと、剣術や武術ばかりを無理やり教え込まれた……」
王子の瞳には、偽りの自分を演じ続けさせられてきた絶望と、抑圧された過去への痛みがにじんでいた。
「私を女に変えてもらうことはできないだろうか」
セラフィーナは少し首を傾げ、現実的な問題を問いただした。
「王子様。女の身になるということは、貴方が思っている以上に不自由なことも生じます。それに、王家としては世継ぎの問題も生じるのではありませんか?」
「私には兄が居る。だから世継ぎの問題は大きな問題ではないのだ」
王子は即座に、そして断固とした口調で返した。
「もし女の身になれば、政治の道具として近隣の国に嫁がされるかもしれない。だが、それすらも自分から望んだことだ。どんな運命であろうと、甘んじて受け入れる覚悟はできているよ」
その瞳に宿る強い決意を見たセラフィーナは、小さくため息をつき、不敵な笑みを浮かべた。
「分かりました。……王子様、裸になってこちらの寝台に横になってください。後悔しても知りませんよ」
「後悔など、するものか!」
そこから、人知れぬ秘術が始まった。
セラフィーナが紡ぐのは、世界の理を覆す「女体化の魔法」。それは単なる幻術ではない。体内のDNAを根底から書き換え、骨格、筋肉、肌の質感に至るまで、文字通り「体を作り替える」禁忌とされる大魔法であった。
「全細胞の性染色体の書き換えに…骨格のリモデリングっと…」とブツブツとつぶやきながら、施療院の奥、遮断された部屋のなかで、セラフィーナは三日三晩を掛けて女体化の魔法を維持し続けた。
そして四日目の朝。
寝台の上に横たわっていたのは、かつての勇猛な王子の面影を若干残しつつも、眩いほどの気品と、どこか瑞々しく禍々しいほどの魅力を放つ、一人の美しい女性であった。
「……ああ、これが、本当の私……」
姿見の前に立った元王子の女性は、自身の滑らかな肌と望み通りの肢体を確かめ、歓喜の涙を流した。彼女は約束の代金として、まばゆい黄金が詰まった宝箱をセラフィーナに手渡した。
「ありがとう、セラフィーナ。あなたは私の命の恩人よ」
「ここへ着て来た男の服は処分してもらえるかしら」
宝箱一杯の黄金を受け取り、ほくほくと顔をほころばせるセラフィーナは、喜びにあふれる彼女を笑顔で見送ったのだった。
パタン、と施療院の扉が閉まる。
見送りを終えたセラフィーナの背中に、呆れたような、心配そうな声をかけたのは従者のアルノーだった。
「セラフィーナ様……本当によろしかったのですか?」
「本人の強い希望だからね。仕方がないよ。それにしても完璧だったでしょ」
「セラフィーナ様は、たしかに多くの方を救っておられます」
アルノーは静かに言った。
「ですが……本当に“患者を救った”と言い切れるのでしょうか」
「何よ、急に。私の治療に文句でもあるの?」
セラフィーナは不満そうに眉を上げた。
「たとえば、聖女の任用試験で両足を失っていた兵士の方です。セラフィーナ様は、あの方に以前よりも強く、速く走れる脚を与えました。それは奇跡です。誰にもできない偉業です」
そこでアルノーは、一度言葉を切った。
「ですが、その脚は“戦場へ戻るための脚”でした」
セラフィーナの表情が、わずかに止まる。
「……何が言いたいの?」
「足を失ったままでも、後方勤務に移り、家族と静かに暮らす人生があったかもしれません。戦えない身体になったことで、ようやく戦場から降りられる人もいるかもしれません」
アルノーは、主人を責めるのではなく、確かめるように続けた。
「セラフィーナ様は、身体を治すことには誰よりも優れています。けれど、その人がどんな人生を望んでいるのかまで、いつも見ておられるのでしょうか」
「……私は」
セラフィーナは、すぐには答えられなかった。
「私は、ただ……あの人がもう一度立てるようにしただけよ」
「はい。だからこそ、私は怖いのです」
アルノーは小さく頭を下げた。
「セラフィーナ様ほどのお方が、本質を見誤った時、誰もそれを止められませんから」
「でも王子は女性になることを強く望んでいたんだからいいじゃない」
「でも、あの姿で無事に国境を越えられるでしょうか。もし越えられたとしても、王宮に受け入れてもらえるかどうか……出奔した王子が美女として戻ってくるのですから保証の限りではないですよね。それにそもそもあんな美女が一人で無事に国境まで旅が出来るでしょうか。私は心配です」
「それは……、そうでしょうね」
セラフィーナは深い溜息をつき、彼女が去っていった夜道を窓から見つめた。
「何しろ、中身はともかく、外見は『とびっきりの美女』だからねぇー」




