無償の治療と、恐怖の「バランス調整」
「さて、種は撒いたから今日はこれで帰りましょう。貧民街での無料奉仕に行かなくっちゃ!」
神殿の門をくぐりながら、セラフィーナは声を弾ませて楽しそうに言った。そんな彼女の横顔を見ながら、アルノーはしみじみと呟く。
「本当にセラフィーナ様は変わられましたよね。以前はあんなにがめつ……コホン、失礼、お金に厳しかったのに、自ら進んでボランティアに行かれるなんて」
「ふふ、貧民街の人たちに無料で治療を施すのはね、いろいろな術式の『実験』も兼ねているのよ。その後の経過や効果を確認しに行く意味もあるから、楽しみで仕方がないわ」
「……またとんでもない身体改造をやったりしていないでしょうね?」
アルノーが引きつった顔で心配すると、セラフィーナは心外だとばかりに唇を尖らせた。
「あなただって、いつも私の治療を脇で見ているじゃない。人外になるような派手な人体改造なんて、これっぽっちもしていないわよ」
「では、具体的にどんなことを……?」
「そうね、耳の可聴域を少し広げて高音がよく聞こえるようにしたり、目の可視範囲を赤外線側に広げて暗闇でも目が見えるようにしたり。外見からは絶対に分からないように配慮しているわ」
「……地味に人外化が進行している気がするのは、私の気のせいでしょうか」
「それも、本人たちにも説明した上で同意を得て改良を施しているし、その後体調の異常も訴えてこないし、いいんじゃないの。耳の件はね、人は年を取ると高い音が聞こえにくくなるからその補完でもあるのよ」
アルノーは胃のあたりをさすり、先が思いやられるとばかりにため息をつきながら、セラフィーナと共に貧民街の集会所へと向かった。
集会所に到着すると、セラフィーナが来たと知った貧民街の人々が、今か今かと大勢集まってきた。
「セラフィーナ様! 建設現場で足場から落ちちまって、思いっきり足を挫いちまったんだ!」
そう言って前に出てきたのは、体格のいいごつい男だった。丸太のような足を差し出してくる男に対し、セラフィーナは嫌がる素振りも見せず、その足を優しくさすりながら、患部をじっくりと観察する。
「どれどれ、見せてごらん。――あー、筋を派手に伸ばしちゃったみたいだね。でも大丈夫、前に強化した骨と釣り合うようにこの筋力強化の湿布を貼っておけば一晩で綺麗に治るわ。ついでに回復魔法も少し掛けておいたから、明日には現場に戻れるわよ」
「おおっ、痛みが引いていく……! セラフィーナ様、いつもありがとうございます!」
男が涙ぐんで感謝する姿を見送りながら、アルノーはほっと胸をなでおろした。
「セラフィーナ様、案外普通の、まともな治療だったのでびっくりしました」
「そうでしょ? 私だっていつも画期的な治療を施すわけではないのよ」
セラフィーナは得意げに胸を張る。しかし、彼女の口から続いた言葉は、アルノーの安堵を秒で粉砕した。
「さっきの彼ね、以前うちに運ばれてきたときは足をボロボロに骨折していたの。その時に私が『骨の強度』をかなり強化してあげたんだけど……今回は、強化された骨の頑丈さに、筋肉の方が耐えきれなくて筋を痛めちゃったみたいね。だから、あの湿布には一晩かけて『筋肉の繊維アクトミオシンをじわじわと強化型に置換していく術式』を組み込んでおいたの。これで骨と筋肉のバランスが完璧に取れるわ!」
「……やっぱり普通ではないんですね」
アルノーは本日何度目か分からない深いため息をついた。骨の次は筋肉の強化である。
「あら、心外ね。アルノー、彼はとび職だから高いところでの作業が多くて落下事故に遭うことが多い人だから、本人と話し合って身体強化をしているのよ」
セラフィーナは小悪魔のように微笑むと、次の患者を呼ぶために嬉々として声を張り上げるのだった。
「次の方、どうぞ」




