外堀を埋める噂話と、悪魔の術式
翌日、セラフィーナの施療院の机には、怪しげな魔法陣が描かれた羊皮紙が広げられていた。
彼女は結界魔法と魔法的な暗示を組み合わせ、神殿長が自ら大金庫を開けて中を確かめたくなるような、オリジナルの複合術式を編み出していたのだ。
「ねえアルノー。神殿全体を結界で覆って、その結界内に『偽金貨が見つかった』という強い暗示を魔法に乗せて流し込む……って方法はどうかしら?」
「……凄まじく効果がありそうですが、同時に恐ろしい魔法ですね」
アルノーは冷や汗を流しながら、机の上の術式を覗き込む。だが、セラフィーナは人聞きが悪いと言わんばかりに首を振った。
「それほどでもないわよ。ターゲットを特定個人に絞って強制するわけじゃないもの。この暗示はね、受け手側が『もともと後ろ暗い心配事』を抱えていないと、まともに発動しない仕組みなのよ。つまり、潔白な人にはただの聞き流す噂レベルで終わるわ」
「なるほど、潜在意識に働きかけて罪悪感や焦燥感を増幅させるわけですか……。それなら、リュミエラ様からグラントール神殿長へ、あらかじめ『偽金貨の噂』を世間話として吹き込んでおいてもらうのはどうでしょう?」
アルノーの提案に、セラフィーナはポンと手を叩いた。
「アルノー、あなた天才! それ最高だわ。リュミエラから直接そんな噂を聞かされた上で、私の暗示魔法に晒されたら……あの狸親父、絶対に焦って金庫を開けるに違いないわ!」
その翌日。
セラフィーナとアルノーは、貧民街に新設する『神殿の出張施療所』の打ち合わせという名目で、再び神殿を訪れ、筆頭聖女のリュミエラと面会した。
「――というわけで、施療所の準備は順調よ」
一通り真面目な話を終えたところで、セラフィーナは紅茶をすするリュミエラに向けて、ごく自然な調子で切り出した。
「そういえばリュミエラ。最近、巷で質の悪い『偽金貨』が出回っているみたいだから、お布施や寄付金で金貨を受け取るときは要注意よ?」
「えっ、偽金貨? それは大変ね……。セラフィーナ、教えてくれてありがとう。神殿長も大きなお金を管理する立場だから、私から伝えておくわね」
純粋なリュミエラは、セラフィーナの言葉を疑いもせず、真剣な表情で頷いた。
セラフィーナは内心でほくそ笑みながら、さらに畳みかける。
「ええ、そうした方がいいわ。特に、神殿長室にあるあの大きな金庫の中身も、一回チェックした方がいいんじゃないかしら?」
「そうね。あの金庫は神殿長しか開けられないから、古い金貨も含めてしっかり調べるように言っておくわ」
「もし人手が必要なら、私たちが手伝うって神殿長に言っておいて。こう見えて、金勘定にはちょっと自信があるのよ」
くすくすと笑いながら言うセラフィーナに、リュミエラもつられて笑った。
「あはは、分かったわ、伝えておくね。セラフィーナってば、本当に面白いことに目が届くのね」
「ふふ、そうでしょう?」
リュミエラの背後で、アルノーが(神殿長、終わったな……)という憐れみの視線を宙に送っていることなど露知らず、セラフィーナは完璧に外堀が埋まったことに満足げな笑みを浮かべるのだった。
そして、神殿長もなぜか引き出しの中にある大金庫の鍵が気になる一日であった。




