金庫の前での前哨戦
ボランティア活動を終えて施療院に帰ってくると、そこには神殿からの使いの者が待っていた。
「あら、どうしました?」
セラフィーナが声をかけると、使いの男の子は居住まいを正して神殿長のメッセージを伝えてきた。
「神殿長様のメッセージをお伝えに参りました!『明日、大金庫を開けるので金貨の鑑定を手伝っていただきたい』とのことです!」
「わかりました。伺いますと神殿長にお伝えください」
セラフィーナがそう返事をすると、男の子はホッとしたように、また凄い勢いで走って帰っていった。
それを見送ったアルノーが、小さく笑みを浮かべて声をかけてくる。
「早速、効果が出ましたね」
「ええ。明日が勝負ね」
セラフィーナの仕掛けた罠が、綺麗にハマった瞬間だった。
――翌朝。
セラフィーナはアルノーと一緒に神殿に到着すると、すぐにグラントール神殿長自らが出迎えてくれた。
「セラフィーナ殿、偽金貨の話、教えていただき本当にありがとうございました。早速ですが、大金庫の中にある信者の方からお預かりしているお金の鑑定をお願いしたいのです」
「ええ、参りましょう」
神殿長の案内に従い、荘厳な内装の施された神殿長室に向かった。
「この金庫は代々、神殿長が管理することになっているのですが……とにかく大昔から貯め込むばかりでしてね。お恥ずかしい話、中に幾ら入っているのかも分からないのですよ」
「そうなんですか。でも、信者の方のお布施ですから、多寡が知れているのでは?」
探るようなセラフィーナの言葉に、神殿長は首を横に振った。
「いえいえ、王族の方々や大貴族の方々のお布施はですね、それこそ桁違いなんですよ。お互いにどれくらいの額を出せるかを競い合っているような側面もあるものですから、おそらく、たいそうな額が入っているのではと思います」
「……正確な額は、分からないのですか?」
セラフィーナが少し非難がましい視線を向けると、神殿長は申し訳なさそうに肩をすくめてみせた。
「聖職者にとって、お金は『不浄なもの』という意識があるものですから、いただいたお布施は中も改めず、そのまま金庫に放り込んでいるようなところもあるのです。ですから、まったくわかりません」
「なるほど。……そうなると、もし過去に不正な使い方をしていた神殿長がいたとしても、誰にも分からないかもしれませんね」
チクリと刺すようなセラフィーナの言葉に、神殿長の一瞬、目の奥が鋭く光った。
(……小娘め、妙なところに目を付けてきたな)
神殿長は内心の動揺を隠し、人当たりの良い笑みを貼り付けたまま答える。
「ははは、まさか。聖職者たるもの、浄財を使い込むような真似はしていないと思いますよ」
ここで深追いして、これ以上に警戒されるのは得策ではない。セラフィーナはそう判断すると、すぐにスッと表情を緩めた。
「そうですよね。私の方が市井の垢にまみれた考え方をしてしまいました」とセラフィーナが答えた。
二人の間に流れる、一瞬の沈黙。
重厚な大金庫の扉を前に、静かな心理戦が始まっていた。




