【神殿長の独白】お人好しな令嬢の扱い方
「ふぅ……。どうなることかと思ったが、案外ちょろいものだな」
奥の院の豪奢な執務室。神殿長は上質な羊皮紙の書類を机に放り出すと、深く背もたれに体重をあずけた。
目の前で揺れる魔導ランプの灯りが、彼の顔に深い陰影を落とす。つい先ほどまでここで対峙していた少女――セラフィーナの、底知れない魔力の残滓がまだ部屋にわずかに漂っている気がして、神殿長は小さく身震いした。
正直、生きた心地がしなかった。
セラフィーナがこの神殿に足を踏み入れたとき、その身から溢れ出る規格外の魔力量と、見たこともない妙な魔法の数々に、神殿長は内心冷や汗をだらだらと流していたのだ。「もしや、我らが長年見て見ぬふりをしてきた帳簿の曖昧さを暴きに来たのではなかろうか」と、腹の探り合いをする覚悟を決めていた。
だが、いざ腹を割って(もちろん、こちら側は幾重にもオブラートに包んでだが)話し合ってみれば、拍子抜けするほど素直にこちらの言葉を信じ込んだ。
特に、神殿の会計簿に残る説明のつかない齟齬について、彼女は微塵も疑う素振りを見せなかった。
「ふっ……。もともと伯爵令嬢として蝶よ花よと育てられた身だ。世の中には真実をすべて語らずに済ませてしまう大人がいくらでも存在することなど、夢にも思わんのだろうな。育ちが良いというのは、これだから扱いやすい」
神殿長は口元を歪め、意地の悪い笑みを浮かべた。
仮に、万が一あの矛盾について突っ込まれるようなことがあったとしても、言い訳の弾はいくらでもある。
『いやはや、セラフィーナ様。長い年月で積み重なった誤差のようなものです。中にはずぼらな神殿長や神官が居た時代が有ったのかもしれません。今となってははっきりとしたことが分からないということもあるのではないでしょうか』
――とでも、もっともらしい顔で言っておけば、あの清らかな聖女様なら「まあ、それならしかたがありませんわ!」と、すぐに納得するに違いない。
そもそも、神殿への祈祷や加護の依頼など、大体が金持ちしかしてこないのだ。
日々の食い扶持に困るような貧乏人は、自分の頭の上の蠅を追うので精一杯。神に祈って望みを叶えようなんて贅沢な発想は、その日の暮らしに困らない余裕のある者しか持ち合わせない。
「あの若さでは、そんな世界の境界線にも気が付かんのだろうな」
神殿長は冷え切った紅茶を一口すすり、満足げに目を細めた。
とんでもない化け物かと思われたセラフィーナだが、金庫の中身にまではまだ気がついていないらしい。我らが手のひらの上で転がすのは、造作もない。
「せいぜいその高い魔力で、我が神殿の評判をますます高めてもらうとしよう」
誰もいない部屋に、神殿長の黒い笑い声が静かに響いた。




