神殿の事業計画Ⅱ
「ねえ、いっそのこと高位神官の方々に『本物の天使の翼』を生やして差し上げるのはどうかしら? そうすれば劇的に見栄えがするし、信者の方々も泣いて喜ぶと思うのよね。リアルな天使が実在する神殿なんて、世界中でここだけになるわよ!」
セラフィーナは、まるで新しい玩具を思いついた子供のように目を輝かせながら、とんでもない提案を口にした。
「セラフィーナ様!!」
隣で聞いていたアルノーが、弾かれたように立ち上がって叫んだ。
「それは完全に、越えてはいけない一線を越えております! 百歩譲って神様が奇跡としてやられるならまだしも、ただの人間であるセラフィーナ様が勝手に他人の身体を改造して手を出していい領域ではありません!」
必死にまくし立てるアルノーの横で、グラントール神殿長もまた、恐怖に顔を引きつらせながら首をガクガクと激しく上下に振ってアルノーに同意していた。さすがの最高権力者も、自分の背中に天使の羽を生やされるかもしれない恐怖には耐えられなかったらしい。
「ちぇー、つまんないの。……それじゃあ、翼がダメなら頭の後ろに『光り輝く光輪』を浮かべるようにするのはどう?」
「セラフィーナ様。人体改造系、および外見のクリーチャー化はここでは一切禁止です。ね?」
「クリーチャーって失礼ね。神々しい演出よ?」
不満げに頬を膨らませるセラフィーナを、アルノーはまるで駄々をこねる幼児をあやすかのように優しく、しかし断固とした口調でなだめるのだった。
神殿長はゴホンと一つ大きめの咳払いをして強引に空気を変えると、本題とばかりに少し声を潜めて切り出した。
「……ところで、セラフィーナさん。最近のあなたの活躍を受けて、神殿としてはあなたに『臨時聖女』の肩書を進呈しようかと考えているのですが、いかがでしょう? 受けていただけますかな」
神殿長は「我ながら素晴らしいアイデアだ」と言わんばかりに、得意げな笑みを浮かべて言葉を続ける。
「神殿直属の『臨時聖女』として、大手を振って貧民街での救済活動を行っていただくという訳です。神殿のバックアップがあれば、あなたにとっても活動がしやすくなると思うのですが」
あわよくばセラフィーナの絶大な人気を神殿のブランドで囲い込もうという、老獪な政治的アプローチ。
しかし、セラフィーナは出されたお茶をズズッとすすると、冷ややかな視線を神殿長に向けた。
「あのさー、神殿長。その肩書って、私に何か一つでもメリットある?」
「え……? いや、聖女の称号といえば、普通は誰もが喉から手が出るほど欲しがる名誉ですが……」
「そんなの、私にはただの重荷よ。今や街の人たちの間では『施療院のセラフィーナ様』っていう独自のブランドが完璧に確立しちゃっているの。今さらその上に『神殿の臨時聖女』なんていう二番煎じの肩書が乗っかったところで、誰が得するのよ。知名度的にはむしろマイナスだから、悪いけどそのお話はやめた方がいいわ」
「う、うむ……一刀両断ですな……」
神殿長ががっくりと肩を落とす。だが、セラフィーナの現実的な提案はここからだった。彼女は不敵にニヤリと笑う。
「名誉だけの肩書を押し付けるより、もっとお互いにとって建設的な協力をしましょうよ」
「協力、と言いますと?」
「神殿の予算で、貧民街に『神殿の出張施療所』を一つ作ってちょうだい。そこに、リュミエラが新しく決めた勤務時間のローテーションで、若い聖女たちを交代で派遣するのよ。私もそこで一緒に活動してあげる」
セラフィーナは悪戯っぽくウインクしてみせた。
「そうすれば、街の人たちは『セラフィーナ様と神殿は、裏で仲良く手を組んで慈善事業をやっているんだな』って勝手に解釈して、神殿のイメージは爆上がり。私は無料で活動場所とスタッフ(聖女)が手に入って大助かり。そして何より、貧民街の人たちはいつでもタダで高品位な治療が受けられるようになる。――ね? 誰も傷つかない、全員が得をする最高のビジネスモデルでしょ?」
「……なるほど!!」
神殿長はポンと手を叩き、目から鱗が落ちたような顔をした。
ただの令嬢だと思っていた落第聖女は、今や王宮を動かし、神殿の懐事情すらコントロールしようとしている。
「本当に、セラフィーナ様を敵に回さなくてよかった……」
隣でその完璧な交渉劇を見ていたアルノーは、心底からの安堵と共に、そっと胸に手を当てて深くため息をつくのだった。




