庶民の噂と、神殿の懐事情
最近、セラフィーナはたびたび神殿の筆頭聖女リュミエラに会うため、神殿へと足を運ぶようになっていた。
かつて人格を入れ替えた二人の仲は、今や誰もが認めるほど親密だ。
かつて「失格聖女」として神殿入りを果たせなかったセラフィーナの過去を知る古い神官たちは、彼女が堂々と出入りすることに眉を顰めていたが、彼らも大っぴらには文句を言えない状況にあった。なぜなら、セラフィーナが最近始めた「貧民街での無料奉仕」が庶民の間でとんでもない評判を呼んで、神殿にまでその噂が伝わってきているからだ。
街のあちこちでは、毎日のようにこんな噂が飛び交っている。
「知ってるか? 最近貧民街で無料で治療をして回っているセラフィーナ様、昔、神殿の聖女試験で落とされたらしいぜ」
「おいおい、嘘だろ。何でも、セラフィーナ様の規格外の力に恐れをなした老いぼれ神官たちが、嫉妬してわざと失格としたらしいぞ」
「なるほどな。神殿の旧態然とした頭じゃ、セラフィーナ様の素晴らしさが理解できなかったわけだ。現に、あの筆頭聖女のリュミエラ様だって、セラフィーナ様に感化されて神殿の改革に乗り出したって話じゃないか」
噂というのは恐ろしいもので、半分が真実で、半分は尾ひれがついた誤解だったが、結果として「無為無策な神殿」を批判し、セラフィーナを英雄視する声がうなぎ上りに増えていた。
神殿の上層部としても、これ以上彼女を敵に回すのは得策ではない、むしろ上手く取り込んでイメージアップに利用したい、というのが最近の切実な裏事情だった。
お目付け役のアルノーは、セラフィーナがこれ以上神殿と深く関わることが、施療院にとってプラスなのかマイナスなのか測りかねていた。だが、少なくともリュミエラと交流した後のセラフィーナは決まって機嫌が良い。その一点においては、アルノーの日々の胃痛を和らげる最大のプラス要素となっていた。
「ねえ、グラントール神殿長。ずっと気になっていたんだけど、一つ聞いていいかしら?」
神殿の豪奢な応接室で、セラフィーナは対面に座るグラントール神殿長に、率直な疑問をぶつけてみた。
部屋を見渡せば、床には最高級の絨毯、壁には緻密な彫刻、調度品はどれも一国を買い取れそうなほど見事なものばかりだ。
「おや、セラフィーナさん。私に答えられることならなんなりとお尋ねください」
少し警戒しながら質問に応じる神殿長。
「ここって、貧しい人々に施しを行う『清き心の聖職者』が集う場所でしょう? なのに、どうして清き心の者が住まうところがこんなに豪華なわけ? 正直、違和感というか、裏で相当あくどいことでもして溜め込んでるんじゃないかって、ずっと思ってたんだけど」
いつも通りの直球すぎるセラフィーナの言葉に、隣のアルノーが「ぶっ!」と紅茶を吹き出しそうになる。しかし、神殿長は怒るどころか、ぽかんとした後で「ははは!」と愉快そうに笑い出した。
「なんだ、そんなことを不思議に思っていたのですか」
「笑い事じゃないわよ。こっちは真面目に怪しんでるんだから」
神殿長は髭をなでながら、優しく、しかし現実的なトーンで説明を始めた。
「セラフィーナさん、神殿には確かに貧民を救う慈善の機能もありますが、それだけが仕事ではありません。王族をはじめとする高位貴族の方々が国家の安泰を祈祷しにきたり、重要な儀式のためにお見えになったりすることも少なくないのです。そうした最高位の賓客をお通しし、接遇する場所が、お粗末な掘立小屋というわけにはいかないでしょう?」
「それは……まあ、一理あるけど」
「それにね、ここにある豪華な調度品や絵画のほとんどは、そうした貴族の方々が『神への感謝』として自発的に贈ってくださった寄付物なんですよ。神殿の予算で買い揃えたものなど、何一つありません。我が神殿の経費から出ているのは、せいぜいこの部屋の毎日の掃除代くらいですかねぇ」
「……あ、そうなの?」
セラフィーナはパチパチと瞬きをした。
神殿の金を横領して私腹を肥やしているのかと思いきや、ただの「貰い物」を飾っているだけだという。
(なんだ、私ってばそんなところで、神殿は裏で信者からあくどい巻き上げ方をしているんじゃないかって、本気で疑っちゃったわ。ただの高級な貰い物なら、遠慮なく飾っておけばいいわよね)
思いがけないホワイトな懐事情を知り、セラフィーナは「ふーん」と妙に納得して、出された最高級の焼き菓子をサクサクと口に運ぶのだった。




