人格入れ替えの残り香、そして神殿改革
宮殿での大騒動が一段落してから、セラフィーナには奇妙な「日課」ができていた。
午前中の施療院の仕事を終えると、往診鞄を抱えて貧民街へと出向き、行き倒れた人々を相手にせっせと無料奉仕に励んでいるのだ。
「……セラフィーナ様。本当にセラフィーナ様ですよね? いつの間にか中身がまたリュミエラ様にすり替わっている、なんてオチはありませんよね?」
背後で従者のアルノーが、本気で怯えたような声を上げた。あの超・現実主義でお金にうるさいセラフィーナが、一銭の得にもならない無償の治療に汗を流しているなど、怪奇現象以外の何物でもない。
セラフィーナはけが人に包帯を巻き終えると、やれやれと首を振ってアルノーを振り返った。
「失礼ねぇ、私は正真正銘、本物のセラフィーナよ。ただね……神殿でリュミエラとして過ごした時間が少し私を変えたのかな?」
「どういうことですか?」
「貧民街での無料奉仕に意味を見出したというか、価値がある行動だと思えるようになったの」
「それはまた、大きな気持ちの変化ですね」
「所詮、神殿の聖女の仕事は偽善で真の奉仕はここにあるという意味。リュミエラがここでの奉仕活動に拘泥したのもそれに気がついたせいかもね。それに奉仕をしたっていう実感は案外生理的な快感を伴うものなのよ」
「セラフィーナ様の口から語られる内容とは到底思えませんね」
一方その頃、大聖堂を擁する神殿では、ある「異常事態」が大きな話題となっていた。
筆頭聖女リュミエラの魔力量が、飛躍的に増大したというのだ。
不思議なことに、魔力測定器にかけても、彼女の魔力の絶対値は以前と全く変わっていない。にもかかわらず、彼女が一度に行使できる魔法の規模や、ヒール(治癒魔法)の効果が桁違いに跳ね上がっていた。
「これは、セラフィーナ様が私の魔導回路に施してくださった『最適化』の効果ですわ。余計な魔力のロスが一切なくなったのです」
リュミエラは包み隠さず周囲にそう説明したが、神殿の信奉者たちは「これぞ奇跡、やはりリュミエラ様は真の聖女だ!」と大熱狂。彼女の人気と、うなぎのぼりに増していく信者の数は、もはや誰にも止められなかった。
そして、神殿内で強力な発言権を手にしたリュミエラが、真っ先に着手したのは「神殿の労働改革」であった。
「聖女たちが限界まで魔力を使い切り、命をすり減らしてまで働くなど絶対におかしいですわ」
リュミエラは神殿長をはじめとする幹部たちを前に、セラフィーナの施療院で学んだ効率主義を堂々と叩きつけた。
彼女が定めた新たな規則は、神殿の常識を覆すものだった。
聖女たちの勤務時間は「朝九時から夕方五時まで」とし、昼休みの一時間は完全に業務をストップしてきっちり休むこと。さらに、時間外の緊急対応には『特別夜間手当』を上乗せして設定した。
「神の御業に時間制限を設けるなど不敬である!」
案の定、頭の固い年上の神官たちは最初は猛反発した。しかし、リュミエラに押し切られる形でいざ始めてみると、驚くべき変化が起きた。
まず、ダラダラと続いていた祈祷や治療の作業が劇的に早くなった。さらに、終わりの時間が決まったことで、聖女や神官たちの間に「時間内にすべての作業を効率よく仕上げよう」という意識が芽生え、神殿全体の作業効率が跳ね上がったのだ。
「こうすれば、聖女たちも無駄に命をすり減らさずに済みますわ」
夕方五時の鐘が鳴ると同時に、さっさと書類を片付けて退勤していく聖女たちの笑顔を見送りながら、リュミエラは満足げに微笑んだ。
セラフィーナが無料奉仕活動に価値を見出して、リュミエラの心に植え付けられた、天才施術師の「超・効率主義」。
入れ替わりの術式がもたらした奇妙な副作用は、じんわりと、しかし確実に、二人の少女とこの国の仕組みを変えつつあるのだった。




