王の裁き、そして天才の不敵な微笑み
狂気に満ちた叫び声を残し、ラヴィニア王妃が近衛兵たちに連れ出された後――。
謁見の間には、冷や水を打ったような、重苦しい静寂が満ちていた。
誰もが口を開けずにいる中、玉座に座るアルドリック王は深く息を吐いた。
「あるいは……私が、ラヴィニアをもっと一人の妻として愛していればよかったのかもしれない。そうすれば、彼女の我が息子への過剰な愛情が、あのような歪んだ形に変わることもなかったのでは……とな」
王は一度言葉を区切ると、寂しげに目を伏せ、ぽつりと漏らした。
一国の王としてではなく、一人の夫としての、あまりにも切実な独り言。
しかし、すぐに王としての冷徹な顔に戻ると、裁判長の席で立ちあがり厳かに大広間に響き渡る声で判決を下した。
「……それでは、判決を言い渡す」
「元王妃ラヴィニアは、最北の修道院へ幽閉とし、生涯を祈りと悔い改めの中で過ごすこととする。彼女が再びこの王都の土を踏むことはない」
その言葉を聞き、原告席のエドガー王子は、胸に顔を埋めて震えるセシルの肩を優しく抱いた。
「セシルよ。これでもう大丈夫だ。お前の身の安全は、完全に確保されたよ」
「はい……エドガー様……」
ようやく訪れた平穏に、セシルは涙を拭って微笑んだ。
しかし、アルドリック王の鋭い視線は、まだ終わっていないとばかりに証人席へと向けられた。
「――そして、魔導施術師セラフィーナ・ノヴァ・クロワ」
ビクッとアルノーの肩が跳ね上がる。王の冷徹な声が、セラフィーナを射抜く。
「お前は国法が禁じる禁忌の魔術を行使し、王妃ラヴィニアと王子妃セシルの人格を入れ替えた。これは国家を揺るがす大罪である」
法廷内にいる全員がゴクリと息を呑み、緊張の糸が張り詰める。どんなに情状酌量の余地があろうと、死罪や極刑になってもおかしくない罪なのだ。
王の次の言葉を、誰もが固唾を呑んで待った。
「しかしながら……今回の件は王妃ラヴィニアの絶対的な命令による術の行使であったこと。そして何より、お前が機転を利かせて術式に時限設定を施し、王子妃セシルを救い出した功績を大いに斟酌する。よって、セラフィーナ。お前には、この『人格入れ替え魔法』を今後一切、生涯にわたって【封印】することを命ずる。……もし再びこの術を使ったことが判明した際には、二度と魔法の行使ができぬよう、お前の両腕に『魔法封じの手枷』を永久に嵌めることとする。……以上、申し渡す。これにて閉廷!」
カン、と裁判の終わりを告げる木槌の音が響き渡った。
死罪も投獄もなし。「魔法の封印」という、セラフィーナの才を惜しんだ王の最大限に寛大な判決だった。
「……はぁぁぁ、よかった、本当によかったですねセラフィーナ様! 大した罪に問われなくって、本当に命拾いしましたよ……!」
法廷を出た瞬間、アルノーは崩れ落ちそうになりながら、涙目でセラフィーナに声をかけた。自分のことのように喜ぶ優秀な従者に対し、セラフィーナは不満げに口をへの字に曲げた。
「何言ってるのよ、アルノー。大した罪じゃないどころか、私にとっては大損害よ、大損害!」
「えっ? 魔法を一つ使えなくなっただけでしょう?」
「『人格入れ替え魔法』を封印しなきゃいけないなんて、あり得ないわ! あんなに面白くてクリエイティブな魔法、これからもっと色々実験して、色んな応用術式を開発しようと思ってたのに!」
セラフィーナは憤慨してみせた後、ふっと周囲を警戒するように見回し、それから――ニヤリ、と実に禍々しく、口角だけを上げて笑った。
「……ま、いっか。『人格入れ替え魔法』は使っちゃダメ、って言われただけだもんね?」
(……あ、この顔)
アルノーの脳裏に、不穏な警報が鳴り響く。
この、悪魔の知恵がひらめいた時特有の「にやり」とした笑み。アルノーは完全に悟った。
(この人……全然、一ミリも反省してない……!!)
「あの、セラフィーナ様? 念のために聞きますけど、何か良からぬ抜け穴を見つけていませんか?」
「失礼ねぇ。私は王様との約束をちゃーんと守るわよ? 『人格入れ替え』はしないわ。……ただね、魂を入れ替えるんじゃなくて、お互いの身体を入れ替えるのなら問題ないかなーと思ってね」
「それでは、入れ替わっちゃうことにかわりはないじゃないですか!」




