歪んだ愛の露見、そして閉廷
「アルドリック王よ。これで、神殿長と筆頭聖女の証言により、国法で禁忌とされる『人格入替魔法』が実在し、行使されたことは確実となりました」
エドガー王子は静かにそう告げると、隣に寄り添う最愛の妻の肩を優しく抱いた。
「次に、我が妻セシルの証言をお聞きください。セシル、こちらへ」
王子のエスコートを受け、王子妃セシルがしずしずと証言台へと進み出る。その表情には、もはや以前のような気弱さはなく、過酷な一ヶ月を耐え抜いた芯の強さが宿っていた。
「ではセシル。お前が体験したことを、どうか正直に話してほしい」
「はい。では、すべてをお話しいたします」
セシルは法廷を見渡し、アルドリック王に向けて凛とした声を響かせた。
「大国ヴァルデリア王国にて新王の戴冠式が行われることになり、エドガー様と私が招待されました。私たちがまもなく出立しようというまさにその時、私はラヴィニア王妃様に呼び出され、お部屋へと伺ったのです」
「うむ、そこまでは知っておる」
アルドリック王が重々しく頷く。セシルは言葉を続けた。
「部屋には、そちらのセラフィーナ様も控えておいででした。そこで王妃様は私に『ヴァルデリアでの外交交渉はお前には荷が重かろう。訪問中は、私が代わりにセシルとなって外交をやってくる。お前は私の身体で留守番をしていなさい』とおっしゃったのです。そして、セラフィーナ様によって人格入替魔法が行使されました」
セシルは一度言葉を区切り、証言台のセラフィーナへ深く一礼した。
「その際、セラフィーナ様が『入れ替えはヴァルデリア訪問中だけでよいのですね』と機転を利かせて確認してくださり、術に有効期限を設定してくださいました。おかげさまで私は元の身体に戻ることができましたが……もしあの時、期限がなければ、私は今もなお、王妃様のあの『年を取られたお身体』に一生囚われていたかもしれません」
「セシル……ッ! 年を取った身体だと!?」
被告席から、ヒステリックな金切り声が上がった。ラヴィニア王妃が、青筋を立ててセシルを睨みつけている。
「ラヴィニア、静かにしなさい!」
アルドリック王がぴしゃりと王妃を黙らせると、再びセシルへと視線を戻した。
「セシルよ。お前の受けた苦難は理解した。だが、お前はなぜ入れ替えられたその時に『自分がセシルだ』と周囲に騒ぎ立てなかったのだ?」
王の素朴な疑問に、セシルは悲しげに、しかし冷徹な現実を口にした。
「このような恐ろしい魔法が存在することすら、誰も知らないのです。そんな状況で、王妃の身体に入った私が『中身はセシルだ』と騒いだところで、一体誰が信じてくれたでしょうか? きっと周囲からは、年老いた女が、若く美しい王子妃に嫉妬して狂言を吐いているのだと、そう冷笑されるのがオチだと考えたのですわ」
「セシル!! 私を、この私をそこまで侮辱するのか! 絶対に許さない、絶対にだ……!!」
プライドをズタズタに引き裂かれたラヴィニア王妃が、狂ったように叫び、証言台のセシルへ掴みかかろうと身を乗り出した。
そのあまりの乱心ぶりに、アルドリック王の堪忍袋の緒が完全に切れた。王は立ち上がり、鋭い声で護衛たちに命じる。
「――そこまでだ! 護衛の者たち、ラヴィニアを今すぐここから連れ出し、貴族牢へ幽閉しておけ!」
「はっ!」
屈強な近衛兵たちが一斉にラヴィニア王妃を取り押さえる。
左右から腕を掴まれ、引きずられるようにして法廷から連れ出される間際、王妃は髪を振り乱し、セシルに向けて恐ろしい怨嗟の声をぶちまけた。
「我が愛する息子、エドガーを……! 私から奪ったお前が悪いのよ!! あと少し……あと少しで、お前のその若く美しい身体を完全に我が物にして、エドガーと……愛し合えたのにィィーーーッ!!」
狂気に満ちたその告白が、閉廷間際の法廷に虚しく響き渡り、やがて重厚な扉の向こうへと消えていった。
「……っ」
実の母親の口から飛び出した、あまりにも歪んだ執着の本音に、エドガー王子は不快感と嫌悪感で顔を歪め、セシルを強く抱きしめた。
静まり返る法廷の中、証人席のセラフィーナだけが「ひえぇ、やっぱり人間の執着って怖いわね」と言わんばかりに、やれやれと肩をすくめていた。こうして、宮殿を揺るがした世紀の裁判は、最悪な真実を暴き出して幕を閉じたのだった。




