自動解呪のタイムリミット
その日から、セラフィーナは自分の施療院へ帰ることができなくなってしまった。
表向きは「宮殿の客間へ滞在している賓客」という扱いだったが、部屋の扉の外には常に武装した歩哨が立っており、四六時中厳しい監視下に置かれている。事実上の軟禁状態だった。
「セラフィーナ様、お気楽すぎませんか……。私はもう胃に穴が開きそうです」
同室のアルノーがシーツを握りしめてガタガタと震えているのに対し、セラフィーナは宮殿特製の高級焼き菓子をのんきに口へ運びながら、至って落ち着き払っていた。
「大丈夫よ、アルノー、焦らなくても勝機は向こうから勝手にやってくるわ。胃が痛いのなら直してあげましょうか」
「いえ、結構です」
セラフィーナには、こうして余裕を崩さない確固たる理由があった。
間もなく、王妃とセシルの『人格交換魔法』の期限が切れることを知っていたからだ。
あの時、王妃は「入れ替わりはヴァルデリアでの戴冠式の期間だけでよい、いつまでも若いだけの王子妃に成り代わっても仕方がない」と言っていた。そのため、セラフィーナはあらかじめ、術式に【一ヶ月間限定】という自動解呪のタイマーを仕込んでおいたのだ。
そして、いよいよ今日がその期限日だった。
「まだ、話す気にはならぬか」
毎朝のルーティンとなった、エドガー王子による謁見の間での詰問。
じりじりと睨みつけてくる王子の前に連れていかれたセラフィーナは、今日でこの不毛なやり取りも終わりだと確信し、不敵に微笑んだ。
「殿下。今日は、セシル様をこの場に呼んでいただけないでしょうか?」
「……何?」
エドガー王子は怪訝そうに眉をひそめた。
「どうした、ようやく話す気になったのか。……良いだろう、セシルをこれへ呼べ!」
王子の命令によって、すぐにセシル(中身:王妃)が謁見の間へと姿を現した。
「エドガー、どうしましたの? まだこの者を問い詰めているのですか」
相変わらず凛とした、王妃としての威厳をまとったセシル。エドガー王子は彼女を一瞥し、セラフィーナを顎でしゃくった。
「セラフィーナが、お前を呼べと言うのでな」
「はい?」
セラフィーナは部屋の大きな置き時計を見上げ、計算通りであることに満足して頷いた。
「王子殿下、あと小半時(約30分)ほど、このままお待ちいただけないでしょうか。そうすれば、セシル様が王子殿下の最も知りたいことを、すべてお話ししてくださると思いますので」
「何を言っているのかしら。何のことか、さっぱりわからないわね」
セシル(中身:王妃)は不快そうに目を細めてセラフィーナを睨みつけたが、エドガー王子はセラフィーナのただならぬ自信に何かを察した。王子はセシルがこの場から逃げ出さないよう、背後に護衛の監視をつけながら、じっとその時を待つことに決めた。
部屋の中に、時計の秒針が刻むチクタクという音だけが重苦しく響く。
沈黙のまま、そろそろ小半時が経とうとした、その時だった。
「……っ!?」
それまで毅然と立っていたセシルが、突然、自分の頭を押さえて激しくよろめいた。
「セシル! どうした!?」
エドガー王子が思わず椅子から立ち上がる。
セシル(中身:王妃)は、信じられないものを見る目で自分の小さな手を見つめ、ガタガタと震えながら、うわ言のように呟き始めた。
「おかしい……どうしたの……? なぜ、なぜ私がここに……? お義母様は……? エドガー……?」
その声からは、それまであった冷徹な威厳が完全に消え失せていた。
かつての、優しくて少し引っ込み思案な、本来のセシルの声。
脳の構造に転写されていた記憶が、術式の崩壊と共に本来の肉体へと一気に引き戻されていく。急激な記憶の濁流に、セシルは激しく混乱しているようだった。
それから、およそ十分。
荒かった呼吸が徐々に整い、完全に意識が「元通り」になったセシルが、涙目で周囲を不安そうに見回した。
その瞬間を見計らい、セラフィーナは一歩前に出て、最高に優しい笑みを浮かべた。
「――セシル様。お帰りなさいませ」
その言葉の本当の意味を理解した瞬間、エドガー王子は驚愕に目を見開くのだった。




