王子の不審、黙秘する施術師
ヴァルデリア王国への使節団が帰国し、施療院にようやくいつもの日常が戻ってきた――そう思ったのも束の間、事態は再び動き出した。
施療院の前に、宮殿からの紋章が入った豪華な迎えの馬車が横付けされ、セラフィーナとアルノーは急遽、召し出されることになったのだ。
揺れる馬車の中、セラフィーナは対面に座るアルノーに声をかけた。
「ねえアルノー。私たち、一体何のために呼び出されたか心当たりはある?」
「それが、私には全くありません。……セラフィーナ様、まさか何か悪事がバレた、なんていう心当たりはございませんか?」
アルノーがジト目で問い返すと、セラフィーナは真顔で指を折り始めた。
「うーん……ちょっと心当たりがありすぎて、逆にどれがバレたのか分からないのよ」
「……ああ」
アルノーは深く天を仰ぎ、両手で頭を抱えた。宮殿に着く前から、彼の胃は限界を迎えようとしていた。
だが、二人を待っていたのは王妃でもなければ、厳格な役人でもなかった。
通されたのは、若き王子エドガーが待つ格式高い謁見の間。玉座に腰掛ける王子の表情は険しく、部屋には張り詰めた空気が漂っている。
「よく来てくれた、セラフィーナ、アルノー」
王子は重々しく口を開くと、鋭い視線を真っ直ぐにセラフィーナへと向けた。
「単刀直入に聞く。……最近、セシルの様子がどうにもおかしいのだ。セラフィーナ、お前に何か心当たりはないか?」
「おや。王子妃のセシル様が、でございますか? どこがどのようにおかしいのでしょう」
セラフィーナはあらかじめ中身が入れ替わっていることを知っているが、そんなことはおくびにも出さず、不思議そうに小首を傾げてみせた。
「……セシルは元々、おっとりとしていて優しく、少し引っ込み思案なところがある淑女だった。だが、ヴァルデリアの戴冠式へ赴いたあたりから、どうにも様子が変わってしまってな。妙に出しゃばりで、政治的な判断にも強引に口出しするようになり……まったく、セシルらしくないのだ」
(そりゃあね。中身は百戦錬磨のあんたの母親――王妃様なんだから、そうなるわよ)
セラフィーナは内心で激しく納得していた。王子妃セシルの中にいる王妃様は全然正体を隠そうとしていないようであった。
「私はな、母上が神殿と何か秘密裏に動いていたことを掴んでいた。そこで神殿の者に心当たりを問い詰めたところ、筆頭聖女のリュミエラがな……『セラフィーナなら、何か事情を知っているかもしれません』と漏らしたのだ」
(あいつ、あっさりゲロったわね!?)
セラフィーナは心の中でリュミエラの額にデコピンを食らわせた。魔法の効率を三倍にしてあげた恩を忘れたのだろうか。いや、王子に詰め寄られて断りきれなかったのだろう。
「それで、私たちがこうして呼ばれた訳ですね」
状況をすべて把握したセラフィーナだったが、ふっと表情を消し、静かに一礼した。
「ですが王子殿下。大変申し訳ございませんが、私からお話しできることは何もございませんわ」
「何……?」
王子の眉がピクリと跳ね上がる。セラフィーナは凛とした声で、しかしどこか突き放すように言いきった。
「私は市井の施術師。仕事柄、やんごとなき方々の『秘密』をお預かりすることも多々ございます。ですがそれは、すべて墓場まで持っていくべき類のものばかり。たとえ王子殿下からの直々のご命令であろうと、顧客の秘密を漏らすような真似はいたしません。それが私の誇り(営業秘密)ですから」
そう言うと、セラフィーナはピタリと口を閉じ、柔らかな笑みを浮かべたまま完全な黙秘を決め込んだ。
隣のアルノーは、生きた心地がしないまま直立不動で固まっている。
秘密を守る天才施術師と、真実を暴こうとする王子。
謁見の間に、じりじりと焼けるような沈黙の火花が散り始めた。




