戴冠式の夜、二つの王族の秘密
人格の転写術が無事に終わり――。
中身が王妃となった王子妃セシルは、凜とした足取りで自身の部屋へと戻っていった。一方、中身が王子妃となってしまった王妃の肉体は、事前に固く命じられていた通り、王妃の部屋へと引き籠もった。周囲には「戴冠式を前に体調を崩された」と説明されているようだった。
その数日後、大国ヴァルデリア王国へと向かう外交使節団が王宮を出立した。
その豪華な馬車列の末席には、なぜか市井の施術師であるセラフィーナとアルノーの姿もあった。
当然、ヴァルデリアの王宮に到着した際、一悶着が起きた。
ヴァルデリアの王宮の役人たちが「この二人は王室ご家族の直々のご友人である」として、使節団の正使たちよりも格上であるはずの『別棟の特別客室』へと案内したからだ。
「なぜ市井の若造たちがそんな特別扱いを!?」と、使節団の偉い人たちが大慌てで抗議の声を上げたらしいが、セラフィーナたちがそれを知ったのは、すべてが平和裏に終わった後日のことである。
ヴァルデリアの王都は、新王の誕生を祝う圧倒的な祝祭ムードに包まれていた。
大聖堂で執り行われた戴冠式は、厳粛な中にも華やかさがあり、民衆の歓声が地響きのように街を揺らした。
かつてセラフィーナの規格外の施術によって性別を入れ替えたエステル王子は、これで名実ともに「エステル王」となり、寄り添うレオナもまた、美しく気高き「王妃」となったのだ。
そして戴冠式が終わり、興奮冷めやらぬ夜。
王室の家族だけが立ち入ることを許されたプライベートサロンに、セラフィーナとアルノーは招かれていた。
「セラフィーナ、アルノー! 会いたかったわ!」
豪奢なドレスを纏ったレオナが、お付きの者をすべて下がらせて部屋に飛び込んできて、二人をハグした。
「レオナ王妃陛下、ご機嫌麗しゅうございます」
セラフィーナがふざけてスカートの裾を持ち上げて一礼すると、レオナは「もう!」と頬を膨らませた。
「堅苦しい言い方はここではやめにしてちょうだい、昔みたいにね。……それでね、セラフィーナ。実は今日、あなたにどうしても相談したいことがあって呼んだの」
レオナはアルノーがいることも構わず、セラフィーナの手を握りしめ、少し不安そうに声を潜めた。
「エステルと私の間にね……赤ちゃんは、できるのかしら? 二人とも、あなたに性別を変えてもらったでしょう? そのことが、ずっと気になっていて……」
「あら、そんなことですか」
セラフィーナは拍子抜けしたようにパチパチと瞬きをすると、ふっと自信満々に胸を張った。
「心配ご無用よ。私の技術は完璧なんです。今のお二人は、どこからどう見ても完璧な『女性』であり『男性』よ。だから、ご夫婦として自然に過ごされれば、御子を授かることも十分に可能ですわ」
「そうなのね……! 実はね、その……少し前から、月のものが止まっているのよ」
「おや」
セラフィーナはニヤリと笑った。
「それなら、私なんかよりも腕のいい産科の医官にお診せになるのがよろしいかと思いますが?」
「でも……診察されたら、元々は男だったってバレたりしないかしら?」
不安げなレオナに、セラフィーナは太鼓判を押すようにドンと自分の胸を叩いた。
「絶対にバレません! 私の術は遺伝子、あ、いえ、身体の根源の構造から完璧に書き換えてあるんですから。たとえ神様が診察したって、元男だなんて分かりっこありませんよ」
「よかった……!」
レオナがホッと胸を撫で下ろしたところへ、重厚な扉が開いてエステル王が姿を現した。王冠を外し、上着のボタンを少し緩めた彼は、すっかり一国の主としての威厳を漂わせている。
「あなた! 聞いて。私たち、子供を作れるそうよ!」
駆け寄ったレオナから嬉しそうな報告を受け、エステルは一瞬目を見開いた後、優しく微笑んでレオナの肩を抱き寄せた。
「そうか。それは何よりだ。最近、執政官や辺境の貴族たちが、『早く世継ぎを』とうるさく言い出したところだったからな。これで一安心だ」
「エステル王子……いえ、国王陛下も、すっかり王様の立場が板についておられるようですね」
セラフィーナがにっこりと笑いかけると、エステルは苦笑混じりに首を振った。
「おいおい、陛下はやめてくれ。セラフィーナ、君のその恐るべきクリエイティブな施術がなければ、今の私たちはここにいない。本当に感謝している。それにレオナとの出会いにも感謝だよ」
と言ってエステル王はレオナ王妃を熱く見つめて抱き寄せた。
運命に翻弄された二人の若者が、今や一国の王と王妃として国を背負い、そして新たな命を育もうとしている。
夜のサロンに満ちる温かな灯りの中、セラフィーナは自らの「傑作」たちの幸せな姿を見て、どこか誇らしく感じたのだった。




