王妃の密命と、狙われた器
「その折には、筆頭聖女のリュミエラ様直々の極秘依頼がございましてね。どのような魔法が神殿の方々に掛けられたのかを解析し、元に戻す措置を行ったまでにございます。国法が定める禁忌を犯す意図など、微塵もございませんでしたわ」
セラフィーナは、いかにも「巻き込まれただけの被害者」という風を装い、困ったように両手を広げてみせた。
その態度をじっと観察していた王妃は、ふっと張り詰めていた表情を緩め、傲然と椅子に腰掛けた。
「ふふ、そう身構えるな。そなたを禁忌の罪で捕らえようというのではない。むしろ逆だ……宮殿が今、その魔法を切実に必要としておってな。そなたがその大役を任せるに足る器かどうか、見極めに来たのだ」
「おや、それは安心いたしました」
セラフィーナは胸を撫で下ろすフリをしながら、鈴を転がすような声で尋ねる。
「それで? 宮殿では、その恐ろしい人格交換魔法をどのようにお使いになられるおつもりで?」
王妃は表情をすっと引き締め、左右の従者に目をやった。
「――人払いをせよ。そして、この部屋に完璧な盗聴防止の魔法を掛けよ」
その重々しい一言に、部屋の空気が一変する。セラフィーナは隣にいたお目付け役に声をかけた。
「悪いけどアルノー、部屋の外に出てて。王妃様のお付きの方々も、隣の控室をお使いくださいな」
「し、失礼いたします……」
アルノーは生きた心地がしないといった様子で、王妃の護衛たちと共に足早に部屋を後にした。パタンと扉が閉まったのを確認し、セラフィーナは指先を軽く鳴らす。
「それでは、防諜の魔法をこの部屋に展開しますね。――『防諜の結界』」
薄膜のような魔力の壁が部屋を覆い、完全に隔離された空間が完成した。
王妃は満足そうに頷くと、声を潜めて衝撃の事実を口にした。
「……実はな、その人格交換を、私と『王子妃』との間で行いたいのだ」
「へえ、王子妃のセシル様と、ですか」
セラフィーナは眉をピクリと動かした。王妃はため息混じりに続ける。
「セシルは確かに愛らしく良い子なのだが、いささか政にはそぐわない素直さ、優しさがあってな。特に、化かし合いが基本となる外交の場に出すのが不安で仕方ないのだ。それにこの際だから王子との間の関係も確認しておきたくてな」
王妃の目は、冷徹な政治家のそれだった。
「この度、大国ヴァルデリア王国で挙行される戴冠式に、我が国の王子と王子妃が招待されており、出向くことになっておる。……だがな、現在我が国では、アレストリア王国の第二王子のレオン殿下が消息を絶ったままになっておる。その弱みをアレストリアの友好国ヴァルデリアに突かれると、我が国は非常に苦しい立場に追い込まれるのだ。外交の席で妙な不平等条約でも結ばされたら国が終わる。だからこそ、その時だけ私が王子妃の身体に入り、セシルとしてヴァルデリアへ赴こうと考えている」
一国の王妃が、若い王子妃の身体を乗っ取って他国の戴冠式に乗り込む――。
あまりにも大胆不敵、かつ危険な国家の最高機密だった。
「なるほど、お国のためというわけですね」
セラフィーナは顎に手を当て、そっと尋ねた。
「それで、その……王子妃のセシル様も、そのご計画はご承知なのでしょうか?」
「いや、これから話す」
(つまり、まだあのおっとりした王子妃殿下の同意は取ってないわけね)
セラフィーナは心の中で苦笑した。とはいえ、あの王子妃が断れるような案件でもないだろう。
「分かりました。では、私はいつその入れ替えの術を施せばよろしいですか?」
いつでも動けるようスケジュールを確認しようとしたセラフィーナだったが、王妃はすっと手を挙げてそれを制した。
「いや、今日はそなたが本当にその術を使えるのか、その確証を得に来ただけだ。本番の日取りは追って沙汰をする。そなたはいつでも動けるよう、宮殿からの合図を待って準備だけしておくように」
「承知いたしました、王妃様。いつでも極上の術をお見せできるよう、お薬と魔法陣を整えてお待ちしておりますわ」
深々と一礼するセラフィーナ。
王妃は満足そうに微笑むと、再びヴェールを深く被り、何事もなかったかのように施療院を去っていった。
静まり返った部屋で、セラフィーナはぽつりと呟いた。
「行方不明のレオン王子、ねぇ……。思ったより面倒な国家のいざこざに巻き込まれちゃったかも?」
しかし、その瞳は困惑どころか、未知の大きな企みを楽しみにするような、怪しい光を放っていた。




