王妃の直撃、予期せぬ査問
翌朝、遺伝子の書き換えを終えたリュミエラは、すこぶる元気な様子で起きてきた。
「セラフィーナ様、私はこれから神殿に戻って癒しの魔法を使ってみるのが楽しみです」
「じゃあね、リュミエラ。もし身体に何か異常を感じたら、すぐに知らせてね。想定外の副作用が起きたら、一応、対応はするから」
見送りの際、セラフィーナがあっけらかんと言い放つと、リュミエラは一瞬で顔を青くした。
「えっ……!? や、やっぱり、思わぬリスクがあったのではないですか!?」
「あはは、念のためよ、念のため。私の中では今回のリュミエラへの施術に副作用はないっていう計算になってるわ。でも、実際にリュミエラが現場で魔法を行使したときに、感覚のズレとか異常を感じるかもしれないでしょ? その時は微調整が必要かなって思っただけよ」
「……うう、心臓に悪いです。では、行ってまいります」
心なしか、戻っていく筆頭聖女の背中はいつもより少し縮んで見えた。
リュミエラを見送って間もなく、アルノーが血相を変えて奥の部屋に飛び込んできた。
「セラフィーナ様! 大変です、王妃様の来院を告げる先触れの使者が参られました! 今日の午後にはこちらにお見えになるそうです!」
「お、噂をすれば何とやらね。ちょうどいいわ」
セラフィーナは不敵に唇の端を吊り上げた。
「よし。宮殿が企んでいるっていう『人格交換魔法』の件、きっちり聞き出してやろうじゃない。今のうちに、自白魔法の呪文でもおさらいしておこうかしら?」
「勘弁してください!」
アルノーが頭を抱えて叫ぶ。
「下手な術を王族にかけてバレでもしたら、一発で首が飛びますよ!? 絶対にやめてくださいね!」
「冗談よ。魔法なんか使わなくたって、王妃様なら私の巧みなトークでペラペラと喋ってくれる気がするわ。女同士の秘密の会話ってやつよ」
そして午後。
施療院の前に、わざわざ王家の紋章を隠した、しかし隠しきれない気品を放つ豪華な馬車が横付けされた。
周囲を警戒する護衛に守られながら、豪奢なドレスを纏った王妃が、まるで滑るような足取りで施療院の中へと入ってきた。
「いらっしゃいませ、王妃様。本日はどのような施術をご所望でしょうか……?」
アルノーが緊張で声を震わせながら最敬礼で迎えると、王妃はヴェールを上げ、冷徹な美貌を覗かせてぴしゃりと言い放った。
「今日は施術ではない。セラフィーナに話が聞きたくてな」
「これは王妃様、ご機嫌も麗しく……」
奥から姿を現したセラフィーナが、いつも通りの飄々とした態度で一礼する。すると、王妃は挨拶を遮るようにして、鋭い視線を真っ直ぐにセラフィーナへ突き刺した。
「前置きはよろしい。――先日、神殿で不名誉な『人格入れ替わり事件』が起き、そなたが事態の収拾にあたったと聞いたが、それは真か?」
単刀直入。一切の無駄を省いた、容赦のない切り込み方だった。
アルノーの背中にドッと冷や汗が流れる。しかし、セラフィーナは全く動じることなく、むしろ楽しげに目を細めた。
「おや、よくご存知ですね。ええ、確かにそのようなことがございましたわ」
あっさりと認めたセラフィーナに、王妃は一歩歩み寄り、声音を一段と低くした。
「……やはりな。つまり、そなたは国が禁忌とする『人格交換魔法』を、自らの手で行使できるのだな?」
その言葉を聞いた瞬間、セラフィーナは心の中で小さくガッツポーズをした。
(へえ……。こっちからカマをかける手間が省けちゃったわね)
探るまでもなく、王妃の口から飛び出した「人格交換魔法」という明確な単語。宮殿がこの魔法に関わっていることは、これで確定した。
張り詰めた空気の中、天才施術師と一国の王妃による、命がけの化かし合いが始まろうとしていた。




