秘密の施術と、落ちた理由(わけ)
施療院の一室で、元の身体に戻った二人の少女は紅茶を挟んで向かい合って入れ替わっている間の体験を語り合っていた。
一段落ついたところで、セラフィーナはカップを置き、探るような視線をリュミエラに向けた。
「ねえ。私が初めて神殿に行ったとき、神殿長の姿をしたあんたが出てきて言ったよね? 『宮殿からの極秘依頼で、人格交換魔法を研究していた』って」
「……え? 私、そんなこと言いましたっけ?」
リュミエラはあからさまにとぼけてみせたが、その目は泳ぎ、紅茶をすする手がわずかに震えていた。完全に図星の反応だ。
「隠さなくていいわよ。宮殿が何のためにそんな変わった魔法を必要としたのか、そこをはっきりさせないとね。今回みたいな入れ替えの事件や事故が、魔法を研究しているあちこちの機関で多発することになるわよ?」
「そう……かもしれませんね。もしそんな危険な術式が流出すれば、世の中は大混乱に陥るでしょうね……」
リュミエラは観念したように小さくため息をついた。セラフィーナは身を乗り出す。
「それで? 宮殿では、一体誰と誰を入れ替えるためにその魔法を発注したのか、聞いてる?」
「そこまで詳しい計画は、さすがに私も聞いていないのです。ただ……王妃様からの、直々の秘密の発注だったことだけは確かです」
「王妃様ねぇ……」
セラフィーナはニヤリと獲物を見つけた狩人のような笑みを浮かべた。
「王妃様なら、ここのお得意様でもあるのよね。今度お薬を取りにきたときにでも、それとなく探りを入れてみようかしら」
「えっ!? そうだったのですか?」
リュミエラは驚きのあまり声を裏返した。
「王妃様が、このような……あ、いえ、大変失礼ですが、このような市井の小さなお店に、一体何をしに来られるのですか?」
「『場末』って言いかけたわね? 悪かったわね、場末で」
セラフィーナはジト目で睨みつけながらも、どこか誇らしげに胸を張った。
「ここはね、王族や高位貴族の偉い人たちが、お忍びで『スペシャルな施術』を受けに来る隠れ家なのよ」
「スペシャルな施術、ですか……?」
「そう。若返りだとか、美白だとか、シワ取りだとかね。女の切実な願いを叶える特別な施術よ」
リュミエラは思わず身を乗り出した。現役の筆頭聖女とはいえ、やはり年頃の少女だ。どんな高貴な人物が、一体どんな施術を受けに来ているのか、興味が湧かないはずがない。
「あの、具体的にはどのような方が……?」
「だーめ。それは営業秘密。具体的な顧客リストは絶対に喋りません」
あっさりとシャットアウトされ、リュミエラはあからさまに肩を落とした。
そんな彼女を見て、セラフィーナは思い出したように自分の肩を揉んだ。
「それにしても、神殿での筆頭聖女の扱いは本当に酷かったわ。あんなブラックな環境でよく平気ね? こき使われすぎて、私の精神がすり潰れるところだったわよ」
「それは……仕方がありません。聖女の力を持つ者は絶対数が少ないのですから。逆に、セラフィーナさんのようにこれほどの規格外の力を持つ方が、なぜ神殿に就職せず市井にいるのか、そちらの方が不思議なくらいです」
リュミエラの素朴な疑問に、セラフィーナは途端に口をへの字に曲げた。
「何言ってるのよ。私も神殿に就職しようと思って、ちゃんと聖女試験を受けたのよ? なのに、あっさり落とされたんだから!」
「えっ!? セラフィーナさんの魔力で不合格……!?」
リュミエラは驚愕した。これほどの魔力と技術があれば、筆頭聖女の座すら脅かされかねない。神殿が放っておくはずがないのだ。
しかし、リュミエラはふと、数年前に神殿の試験官たちの間で語り草になっていた「ある前代未聞の事件」を思い出した。
「……まさか、治癒魔法の試験で大変な大怪我で足を失ってしまった兵士のリハビリ計画を立てるという課題にいきなり『頑丈な足』を生やして一発退場になった伝説の受験生って……」
「そうよ、私だけど何か?」
セラフィーナは何が悪いのかと言わんばかりに開き直った。
「だって、リハビリ計画を立てるだけよりも直接足を再生する方が手っ取り早いと思ったんだもの! 良かれと思って施したクリエイティブな治療よ!」
「不合格になるに決まっているでしょう……!!」
リュミエラは思わず頭を抱えた。
天才と変人は紙一重。この規格外の少女が神殿に拾われず、市井の怪しい施療院に収まっている理由を、リュミエラは痛いほど理解したのだった。




