魂の帰還、そして新たな企み
「……私は、どうすればいいのですか?」
セラフィーナの姿をしたリュミエラが、困惑と罪悪感の入り混じった瞳で、リュミエラの姿をしたセラフィーナに尋ねた。
他者を犠牲にした理想など偽物。その正論は、生真面目な聖女の心を折るには十分だった。
「術式は複雑だけど、筆頭聖女のあんたなら理解できるわね」
リュミエラ(中身:セラフィーナ)はすっと指先を突き出して空中に複雑な魔法陣を展開し始めた。
「いい? 人格の本質は『記憶』よ。だから、入れ替わっている時間が長くなればなるほど、魂と肉体の馴染み方が変わって、正確には元通りにならなくなる。手遅れになる前に、記憶の辻褄を合わせながら入れ替わった人格を戻していくのよ」
彼女が指をなぞらせると、空間にパチパチと青白い火花が散り、驚くほど高密度で複雑な魔法陣が展開された。
並の魔術師なら見ただけで目眩を起こすような代物だが、セラフィーナの姿をしたリュミエラは、さすが最高峰の聖女というべきか、その術式の流れを一瞬で見抜いた。
「なるほど……。人格操作魔法の応用と、記憶の同期魔法の組み合わせですか」
「話が早くて助かるわ。じゃあ、いくわよ」
二人は施療院のソファに向かい合わせで深く腰掛けた。
ゆっくりと目を閉じ、互いの呼吸を合わせる。
リュミエラの身体にいるセラフィーナから教えられた術式をセラフィーナの身体にいるリュミエラの頭脳が理解し術式をコントロールし、セラフィーナの膨大な魔力がそれを一気に起動させる。
「――『反転・回帰』」
刹那、二人の身体がまばゆい魔法の光に包まれた。
部屋全体がカッと白く染まり、魂が本来の器へと引き戻される奇妙な浮遊感が二人を襲う。
光が霧散し、静寂が戻ったとき――術は無事に終了していた。
「ぷはっ! ……戻った、元に戻ったわ! そうそう、やっぱりこの力強さがなくっちゃね!」
最初に声をあげたのは、セラフィーナだった。
自分の小さな手を確認し、身体の奥から湧き上がる規格外の魔力の奔流を感じて、満足そうにニカッと笑う。
一方、ふかふかのソファでゆっくりと目を開けたリュミエラは、自分の美しい白い手を見つめ、どこか寂しげに呟いた。
「……戻ったのですね。でも、セラフィーナ様のあの圧倒的な魔力を体験した後だと……私の力は、なんだか少し物足りなく感じてしまいます。以前はこれが普通だったはずなのに」
失って初めて知る、規格外の全能感。元に戻れた安堵はあるものの、少しだけ心がついていかない。
そんな元筆頭聖女の肩を、セラフィーナはポンと叩いた。
「ま、隣の芝生は青く見えるもんよ。それよりリュミエラ、神殿には明日まで休むって言ってあるわ」
「ええ、そんなに休みをもらえたのですか」
「日頃の働きを盾に強硬に休みをもぎ取ったから……」
「そんなことをしたらほかの聖女にしわ寄せが……」
「大丈夫よ。毎日へとへとになるまでお勤めしていたのだもの。明日までじっくりここで骨休めするといいわ。そして――」
セラフィーナは不敵な笑みを浮かべ、椅子の背もたれに体重を預けた。
「お互いのこと、もっとじっくり知り合いましょう? あんたの神殿での苦労も、私のここでの仕事もね。入れ替わっていた間の体験がそれぞれに強烈だったみたいで少し記憶が混じり合っている感じもするしね」
その悪戯っぽく光る瞳の奥には、何かよからぬ、それでいて非常に興味深い計画が渦巻いているようだった。
お互いの「ブラックな日常」を身をもって知った二人の天才。彼女たちの邂逅が、神殿とこの街にどんな嵐を巻き起こすのか。
ベッドを貸し出されたリュミエラは、セラフィーナの獲物を見つけた研究者の目に一抹の予感を覚えながらも、久しぶりの本当の休息に身を委ねるのだった。
そしてセラフィーナは「今回はちょっとやり過ぎたかもね」と珍しく反省した。




