目覚めたら元聖女候補、だけど仕事がホワイトすぎる
ところ変わって、セラフィーナの施療院。
眠り続けて丸二日。三日目の朝を迎え、ようやくセラフィーナの体に宿った意識が浮上した。
ゆっくりと目を開けた彼女を、施療院のスタッフたちが温かく囲む。
「あ、セラフィーナ様! お目覚めになられたのですね!」
「……え?」
セラフィーナは、怪訝そうに自分の小さな手を見つめ、それから周囲を見回した。
彼女の頭の中は、激しい混乱に陥っていた。
なぜなら、彼女の主観では――自分は「筆頭聖女リュミエラ」のはずだったからだ。過酷な筆頭聖女の日常が、今度こそ戻ってくるはずだったのに。
しかし、周りの反応はあまりにもおかしかった。
「まったく、セラフィーナ様は聖女になりたがっていましたもんねぇ。神殿の居心地はそんなに良かったですか?」
「そうですよ、セラフィーナ様。起きて早々ですが、王妃様から例の『ダイエット薬』のご所望が入っていますよ」
(……何を言っているの? この人たち。どうして私のことを『セラフィーナ』って呼ぶのかしら?私はリュミエラ。美しくて、魔力にあふれた、あの筆頭聖女リュミエラなのに)
「……あの、私、セラフィーナじゃないわ。私はリュミエラよ?」
困惑しながらもそう告げると、スタッフたちは顔を見合わせ、それからクスリと楽しそうに笑い声をあげた。
「ふふ、またまた! ナニ言ってるんですか。リュミエラは神殿の筆頭聖女様のお名前ですよ?」
「そんなお芝居しなくたって、セラフィーナ様は十分に立派な『元聖女候補』じゃないですか。さあ、早く起きてお薬の準備をしてくださいな」
「え? ええっ……!?」
鏡に映る自分の姿は、確かにあの、セラフィーナのものだった。
神殿長の体からリュミエラの体に戻ったはずの魂。
しかし、どういうわけか彼女の意識は、今度はセラフィーナの体の中にあった。
――果たして、あの部屋で本当は何が起きていたのか。
ベッドの上で頭を抱える「中身リュミエラ(現セラフィーナ)」の受難は、始まったばかりだった。
ひとまず混乱を頭の隅に追いやったリュミエラ(中身)は、促されるまま王妃のための「ダイエット薬」の調薬に取りかかることにした。
リュミエラの調薬知識でも王妃様依頼のダイエット薬くらいは難なく作れてしまったので、調薬作業は全く問題が起きなかった。だからこそ、周囲に「中身が別人である」と効き目で確かめてもらう術はなかった。
しかし、リュミエラ自身はある驚きを感じていた。
(……なんでしょう。この体、信じられないくらい魔力が多いわ……!)
すり鉢を回し、薬草を煎じながら、体から溢れ出る魔力の奔流に目を見張る。
(調薬がめちゃくちゃ楽だし、込められる魔力の量も桁違いだわ。これなら、もの凄く効き目のいい薬に仕上がるはず!)
神殿長時代の「おじさんの体」とも、自分の元の「激務で擦り切れた体」とも違う、満ち満ちた魔力。あっという間に一級品のダイエット薬が完成してしまった。
「ふぅ。さあ、次の仕事は何かしら?」
額の汗を拭いながら、お目付け役のアルノーに尋ねる。
神殿時代の感覚なら、ここから夜中までノンストップで分刻みのスケジュールが詰まっているはずだ。リュミエラは身構えた。
しかし、アルノーはぽかんとした顔で言った。
「え? いえ、もう終わりですよ」
「……は?」
リュミエラは耳を疑った。時計を見る。まだ日は高い。
「終わりって……今日のご公務、いえ、お仕事はこれだけなの!?」
「はい。セラフィーナ様は三日も眠っておられた病み上がりですし、今日の予定はこれだけです」
信じられない。こんなに楽な仕事でいいのだろうか。神殿のあのブラック環境に比べたら、ここは天国か何かか。
だが、長年「聖女」として人々につくしてきたリュミエラの手癖と義務感が、この暇な状況を許さなかった。
「……アルノー、貧民街に出かけるわ。出張施術を行うのよ!」
「はい? セラフィーナ様、今日はまた何の風の吹き回しですか?」
アルノーが眉をひそめて怪訝な顔をする。
いつもなら「めんどくさーい」などと言ってサボりたがるセラフィーナが、自ら進んで貧民街へ行こうなどと言い出したからだ。
しかし、中身のリュミエラはきりっとした表情で胸を張った。
「聖女が暇をしていては駄目でしょう! 寸暇を惜しんで癒しの技を提供しなければ、聖女失格よ!」
(あなたは元聖女候補ですけどね!)とアルノーは心の中で突っ込んだが、困っている人々を助けたいという申し出自体は素晴らしいことだ。
「……はぁ。分かりました、ご一緒いたします」
「助かるわ、アルノー」
さっそく出張施術用の往診鞄を準備し、二人は施療院を出る。
その道すがら、アルノーはふと思い出して尋ねた。
「ちなみにセラフィーナ様、今日の治療費はいくら頂けばよろしいのですか?」
すると、リュミエラは心底不思議そうな顔をして、きっぱりと言い放った。
「お金なんか頂きませんよ。聖女の行為は『施し』です。だからこそ、ここは【施療院】なのでしょう?」
神殿の聖女としての、あまりにも当たり前な、慈愛に満ちた言葉。
「はいはい、承知しました……」
アルノーは苦笑しながら応じた。
(今日のセラフィーナ様は、なんだか妙におかしいな……。神殿にしばらく滞在している間に、本物の聖女様に少しは感化されて帰ってきたのだろうか)
中身が入れ替わっているなどとは夢にも思わないアルノーは、そんな風に納得するのだった。
こうして、中身が最高位の聖女である「新生セラフィーナ」による、容赦なき無償の救済活動が幕を開けた。




